社会学部 地域研究(近現代台湾社会史)/洪郁如ゼミ

『HQ2021』より

洪郁如教授の写真

洪郁如教授

台湾を研究対象に、
あらゆる方法論を駆使して真相に迫る

地域研究(area studies)は、第二次世界大戦中から戦後にかけて誕生した新しい学問分野である。その目的は、単に地域の特徴的な一面を明らかにするだけではない。国際的な関係性を視野に入れながら、歴史や文化、社会や経済、人々の価値観や生き様などに焦点を当て、その構造や特性を学際的に研究。新たな解釈や実証した論理を、現実社会の課題解決に活かす学問といえる。洪ゼミが研究対象としている地域は、東アジアに位置する"台湾"。オンラインで開講されていたゼミナールを取材した。

「不確定性」や「曖昧さ」が宿る
台湾を研究対象とする醍醐味

洪ゼミで取り上げるのは、日本の植民地下や戦後における近現代の台湾社会の諸問題である。学生の指導にあたる洪教授に、台湾を地域研究の対象とする狙いについて話を伺った。

「これまで清朝、日本の植民地統治を経て、そして戦後の中華民国に至るまで、台湾の歴史は非常に複雑です。現在、日本とは国交こそありませんが、非常に友好的な関係にあります。ただし、中国の「一つの中国」という主張によって、国際社会では国家として認められていません。国家をどのように定義するのか。国家と個人のアイデンティティはどのように繋がっているのか。台湾が内包する"不確定性"や"曖昧さ"を明らかにすることは、地域研究において大きな意義があると考えています」

ゼミナールは、3・4年次の学部生のほか大学院生も加わって毎週開講される。
3年次に取り組むのは、台湾を研究するうえで礎となる知識の習得である。通史的に台湾の歴史が綴られた『台湾 四百年の歴史と展望』(伊藤潔 著)や、政治からポップカルチャーまで多面的にトピックを紹介した『台湾を知るための60章』(赤松美和子、若松大祐 編著)など、近現代台湾社会史を専門とする洪教授が選定した課題図書の輪読を中心に進められる。

運営上の工夫も凝らされている。発表者がその内容とコメントをまとめたレジメを用意するだけではなく、参加者全員が各自のコメントや分析も予めアップロードして、全員で共有する。テキストと互いの見解の異同を把握した上でゼミナールに臨む。

「知識の習得とともに磨いてもらいたいのが"質問力"です。理解度が進むほど、発表内容に対して鋭い疑問を投げ掛けられますし、最適解にたどり着くための批判的思考力も養われます。他者の質疑応答を観察し、さらに課題図書以外の読書量を増やしていく。その積重ねによって、後の研究で活きる独自の視点が育まれていくことを期待しています」(洪教授)

真相に迫るプロセスを通して磨かれる
企業社会でも汎用性の高い能力

4年次に取り組む研究の領域は、大きく三つに分かれている。一つ目は、戦前の台湾史。歴史学を軸としながら、日本統治時代の社会に関する解釈に取り組む。二つ目は、戦後の政治、社会運動に焦点を当てた研究である。民主化運動などをテーマに、社会学的な観点から実態を探る。そして三つ目が、現代の台湾を取り巻く環境や地位に関する考察である。日台関係や台中関係などを、政治的な側面からも読み解いていく。

卒業論文のテーマは、こうした研究領域と各自の関心事を掛け合わせたものが多い。過去のタイトル一覧からはユニークさやオリジナリティが垣間見える。

「条件や制約に縛られず、好奇心の赴くまま探究してほしいと考えています。歴史学や社会学をはじめとした学際的なアプローチや、フィールドワークなど、あらゆる方法論の中から最も効果的なものを採用する。そのプロセスを通して、プロジェクトの遂行力や計画力、自身の解釈を伝える力を磨けることも地域研究の魅力といえます」

企業社会でも汎用性の高い能力を養えることは、4年次生による卒業論文の中間発表の場にも表れていた。印象的だったのは、留学生を含む大学院生数名のオブザーバー的な役割である。「事実の羅列に留まらないように」、「両国を比較する意義は?」、「論点を絞るとテーマがより明確になる」。あらゆる観点から論文の完成度を上げる助言が与えられていく。論理的な思考力や説得力も鍛えられるゼミナールであることを付け加えておきたい。

卒業論文のタイトル一覧

  • 台湾保釣運動の意義 ― 交錯する日本と台湾の争点
  • 日本統治下台湾における鉄道の機能
  • 日本と台湾における昭和軍歌 ― 戦争動員、共感、ノスタルジー
  • 戦前日本と台湾における野球の受容と展開の比較
  • 台湾日本語世代をめぐる二重の「日本人性」のパッケージ化 ― ドキュメンタリー映画『台湾人生』『台湾アイデンティティ』を中心に ほか

Student's Voice

地域研究を通して、物事を多角的に捉える力が磨かれました

江角直人さんの写真

江角直人さん

社会学部4年

私はもともと地理や歴史を学ぶことが好きで、1・2年次に洪先生の授業を受講して東アジアに興味を持ちました。中でも台湾に研究対象としての面白さを感じたのは、「国家として認められていない」ことなど幾つもの特殊性を持つからです。

「親日家が多い」と言われる台湾ですが、それは一面に過ぎません。過去の歴史を含めて総合的に理解しなければ、今日の台湾を誤解していることになり、真の意味で友好的な両国関係を築けない。それがゼミナールを通して学んだことです。卒業論文では好きな野球にフォーカスし、台湾と日本の文化史を比較。教育政策という側面からも考察しました。磨かれたと感じるのは、物事を多角的に捉える力です。

卒業後は、都市開発に携わる仕事に就く予定です。多様な人々の価値観や想いを考慮し、あらゆるステークホルダーと良好な関係を築いてこそ、愛される街に育つ。洪ゼミで植民地時代の台湾と日本の関係性を学んだことは、仕事にも活きると思います。(談)

先生の研究領域が幅広いため、大きな文脈でテーマを捉えることができます

松葉隼さんの写真

松葉隼さん

一橋大学大学院 社会学研究科 博士課程

洪ゼミを受講するきっかけは、学部で1年次に「台湾の歴史と文化」という授業を受講したことです。その後ポストコロニアル文学や、教科書で紹介されない日本史などに興味を持ちました。研究者への道を視野に入れた時、植民地研究という選択肢があると考えたことが洪ゼミを選択した理由です。

修士課程時代から海外のシンポジウムにも積極的に参加し、学術界とのつながりも増えました。洪先生の研究領域は幅広く、自分の研究を進めるうえで大きな後ろ盾になっています。他の領域にも接続でき、大きな文脈で研究テーマをとらえることができるからです。

そのテーマとは、「日本統治下台湾における交通の形成」。統治による近代化に焦点を当て、交通という観点から批判的に再検討しています。社会政策史の視点から帝国主義を批判的に考察することは、出自が異なる人々の共存という現代的な課題を考える上でも非常に意義があると考えています。(談)

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