社会学部 教育の社会学/教育社会学特論

『HQ2020』より

山田哲也教授の写真

山田哲也教授

教育をめぐる諸問題を題材に養う、社会を多面的に考察する視座

社会学は、身の回りで起きている社会現象すべてが研究対象となる。さまざまな社会学が存在する中で、今回取り上げるのは"教育社会学"。いじめや不登校、学校運営や教育指導のあり方など、教育をめぐる諸問題について、社会学的なアプローチによって明らかにしていく学問である。マスコミなどの報道内容に左右されず、自分なりの確かな見解を持つための観察力や思考力、想像力が養われることを期待し、授業が行われる。それは、"未来社会をどのようにデザインしていくべきか"という問いに対して、市民の1人として答えを持つための視座でもある。

教育という"レンズ"を通して明らかにする、社会の変化や生じる問題

授業風景

教育社会学の特徴は、教育を"社会の事象"ととらえること。社会制度や個人の経験が、教育や教育の成果にどのような影響を与えるのかを研究する。その内容について、授業を担当する山田哲也教授に尋ねた。山田教授は、不登校や教育格差などの問題について長年研究活動を行ってきた教育学者であり、社会学者である。
「たとえば、教員研究では"教員=教育制度を担う人"ととらえます。現実として学校では、必ずしも教育を受けたいとは限らない生徒を、教員が指導しなければならないケースもあり得ます。その際の"教員という存在"や"教授される事柄"とは何かについて議論していきます。一方で、"部活動"や"学校行事"といった課外活動において生じる問題など、これまで取り上げられることのなかった新しいトピックスも研究対象となります。教育という"レンズ"を通して、社会がどのように変化し、いかなる問題が起きているのかを明らかにするのが、教育社会学です」

「教育の社会学」は2年生から履修できる授業であり、近代以降の社会における教育や学校特有の性格、そこに内在する問題を社会学的な視点から観察する。前半は、山田教授の作成による資料やさまざまな専門書をテキストとしながら講義を実施。後半には、グループに分かれて議論する時間も設けられている。
一方で「教育社会学特論」は3年生以上が対象で、「教育の社会学」の発展的な内容となっている。今日の教育をめぐる諸問題を社会学的なアプローチによって多面的に理解し、今期は"教育問題の社会学"を主なテーマとして、教育社会学によって近年明らかにされてきた知見を学習し、原因を解明するための視座を身につけていく。各回の授業では、取り上げるテーマに関する講義とともに、意見交換を行うグループワークも実施される。

"他者"の教育体験を理解し、想像できることが大切

「授業を通して私が学生に求めることは大きく二つあります。一つ目は、教育が社会の中で果たしている役割や、社会に対して与える影響を理解して欲しいということ。これは、1人の市民として知っておくべき知識だと思います。たとえば現在の"不登校"問題は、源流を辿れば"登校拒否"問題であり、"長期欠席"問題です。社会環境や経済状況によって要因が変化するため、教育の役割や影響を理解するにはマクロ的な考察が必要です。二つ目は、自分の教育体験を唯一絶対のものとしてとらえないで欲しいということです。学校には、さまざまな人格やバックグラウンドを持つ生徒が集まります。そして教育には、皆が平等に享受できる機会でありながら、秀でた人材を育てるという、矛盾した部分も持ち合わせています。その中で、望ましい教育と社会の関係を構想するには、他者の教育経験に共感することが難しい場合でも、それを理解・想像できることが大切です。そのために有効なツールとなるのが社会学。社会学者、岸政彦さんの言葉を借りれば、"他者の合理性"を示す学問といえます」

現代の日本において教育、とりわけ初等教育は、多くの人々が共通に体験していることである。その意味で教育社会学は身近なテーマといえるだろう。

授業のテーマ

教育の社会学

  • 近代学校の特質とその人間形成作用:近代学校の登場(1)
  • 教員文化と学校知識の特質:学校文化とはなにか(1)
  • 教職の誕生と教師─生徒関係の独特な難しさ:近代学校の登場(2)
  • 生徒文化とその現代的変容:学校文化とはなにか(2)
  • 学校を経由した社会移動:階級・階層問題と学校(1)
  • 学力格差の社会学
  • 再生産装置としての学校と社会的排除:階級・階層問題と学校(2)
  • カリキュラムと学力
  • 教育機会の均等
  • 学校から職業への移行
  • ジェンダーと教育
  • 国際教育開発の社会学
  • 教育格差と福祉

教育社会学特論

  • 教育問題とは何か
  • 教育言説としてのいじめ現象:いじめ問題を考える(1)
  • 長欠から不登校へ─欠席現象の意味論の歴史的展開:不登校問題を考える(1)
  • いじめ問題と学校の責任:いじめ問題を考える(2)
  • 不登校から「学校に行かない」子ども問題へ:不登校問題を考える(2)
  • 子ども・若者問題の複雑化をどのように理解するか:子ども・若者支援の今日的課題(1)
  • 子どもの貧困は子どもにどのような課題を提示しているのか?:子どもの貧困と教育(1)
  • 学校現場における支援の拠点づくりと官民を超えたネットワークの構築:子ども・若者支援の今日的課題(2)
  • 学習支援の可能性と限界:子どもの貧困と教育(2)
  • 国際学力調査のインパクト:グローバル化と教育(1)
  • 教師の「バーンアウト」(燃え尽き)現象:持続可能な教育改革(1)
  • 学力格差是正策の国際比較:グローバル化と教育(2)
  • 教育改革と教師の多忙化:持続可能な教育改革(2)

Student's Voice

"教育を社会学する"ことは、驚きや発見の連続です

花田春香さん

花田春香さん

一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻人間・社会形成研究分野 修士課程2年

岡山県で英語教室を運営し、講師を務めています。塾は全年齢を対象にしているため、日頃より、生徒の学力や習熟度の多様さに伴う指導の難しさを感じていました。そして、「社会で決められたメソッドやシステムに合致すれば成績が上がる、という教育では不平等ではないか」と考えるようになり、より良い教育のあり方を模索していたのです。一橋大学大学院に進学し、授業を履修するきっかけになったのは、イギリスの言語学者による教育社会学理論に感銘を受け、その理論を引用した論文から山田教授の存在を知ったことです。
授業では驚きと発見の連続です。受講して感じたのは、"自分自身の教育経験を新しい視点で読み直せる"面白さでした。また、グループワークでは各メンバーの学歴や教育体験、考え方や問題意識などが異なるため、さまざまな視点を得ることができました。教育現場に立つと、何が正しくて正しくないのか、指導に迷う時があります。判断の助けになる新しい視点を持てるようになり、精神的にも楽になりました。また、通う生徒の家庭環境は千差万別であり、外国籍の生徒も年々増えています。そんな状況の中で、共感される教育指導を行うために必要なスキルが身についたと思います。生徒に声が届くよう、発信力のある自分になりたいと思って受講しましたが、"攻め"の教育者へと進化できたという実感があります。

2019年12月撮影

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