法学部 憲法(総論・人権)

『HQ2024』より

江藤 祥平氏の写真

江藤 祥平教授

「人権とは何か」という正解なき問いに迫り、
論じることで未来を思考するための理性を養う

「人権」という言葉は日常生活の中でもよく耳にする。それは「人が生まれながらにして持っている権利」とも称され、日本国憲法では国民の権利として保障されている。

平等かつ普遍的に尊重されるはずの権利だが、現代社会においてもハラスメントやSNS上での誹謗中傷によって侵害され、世界を見渡せば紛争や差別などによって人権が侵害されている国や地域が存在する。そもそも人権とは何か。なぜ人は平等でなければならないのか。こうした根源的な問いを論じ、意味を考える場となっているのが、すべての法学部生が受講する指定基礎科目「憲法(総論・人権)」である。人権を論じることによって育まれるのは、あらゆる事案に対して隠された前提や自分の先入見を疑い、より良い未来を考えることができる理性である。

根源的な問いを論じることで養われる
真の主体性や対話力

「憲法(総論・人権)」は主に1年生を対象として秋・冬学期に開講される。学生は、憲法の総論・人権に関する諸問題を通じて、憲法学説や判例に関する基本的な知識を身につけることができる。法学における核となる授業だが、その特徴は知識の修得に終始しないことである。人権という抽象度の高い権利がテーマであるため、学生は、具体的な事案に即して自ら意味を考えながら論じていく必要がある。その狙いに ついて、指導を行う江藤教授に話を聞いた。

「一番の狙いは『主体性とは何か』を考えてもらうことにあります。社会が用意した常識や高校までの教育で学んできた前提を疑い、目の前にある現実が実は誰かにとっては不都合であることに気づきながら、自分の中に深く入り込んでいく。そして、主体的に社会をとらえ直したとき、何が見えてくるのか。そうしたプロセスは、とりわけ人権という問題を考える際には重要です」

江藤教授が学生に養ってほしいと期待するのは、根源的な問いを論じる力。そして、論じるための知見や視座を得てもらいたいと話す。

「なぜ人間は平等でなければいけないのか、そのことを説明できる人は実は世の中にほとんどいません。そもそも何をもって平等と見るかも人それぞれです。これが民法や刑法といった法律であれば、基本的には価値の問題にコミットすることなく正解を引き出すことができます。対して、人権の解釈には明快な正解がありません。自分自身の存在に関わる問題でもあるため、必ず誰かと誰かの存在を賭けた価値をめぐる対立となります。人によって解釈が異なる中で、どのようにコンセンサスを得て『普遍的』な定義を築き上げていくか。対話の仕方を身につけてもらうことも授業の到達目標の一つです」

人権問題を自分自身の言葉で
言語化できてこそ未来を思考できる

授業はコロナ禍の余波もあり、今学期まではオンデマンド(録画配信方式)で行われている。学修成果を確認するため、授業後に提出を求められるのがWEB上で回答するアンケートである。設問は、学生が人権問題を自分事としてとらえやすいストーリーでまとめられている。さらに目を引いたのは、ChatGPTが導き出した答えも示されていることである。

「よく学生に話すのは『情報は触れた時点で死んでいる』ということです。それは誰かの回路を経て発信された過去のものであり、AIはそれを最大公約数的に抽出しているに過ぎません。対して、人間の主体性や知性というのは生きたものです。自分自身の言葉を作り出すことは、誰も紡ぎ出したことのない言葉で語ることであり、それは未来を思考することと同じです。今、この時にばかり目を向けているようでは、学問の志す未来が見えてこないと思います」

自分が現在どこに位置し、どのような世界を築いていきたいか。その指針を示したものが人権であり、ひいては憲法であると江藤教授はとらえている。そして学生に対しては、前例主義の社会に身を置くだけでなく、自分自身が世界を動かす起点になれると気づいてほしいと願っている。この授業で得た気づきや発見は、法曹界を目指すか否かにかかわらず、法学部生にとって未来を生きる糧になるはずだ。

Student's Voice

物事の真理を追究してこそ
問題解決の糸口が見えてくると気づきました

薗部 慧人さんの写真

薗部 慧人さん

法学部1年

学んだ印象としては、憲法(総論・人権)という分野は抽象性に富んでおり、哲学的とも感じました。江藤先生は具体的なエピソードを交えて解説し、学生に問い掛けをしてくださるので、視野を広げながら主体的に考えることができます。授業で教科書を用いない点もユニークな特徴です。授業を通じて "自ら知ろうとする姿勢"が養われているように感じています。答えがないように思える人間社会の問題に対しても、多面的に事象を考察することで先入観が取り除かれ、問題解決の糸口が見えてくると考えるようになりました。将来の目標は法曹界で活躍することであり、検察官か弁護士を目指したいと考えています。江藤先生からは「いろんなタイプの法曹人が社会にいたほうがいい」とエールをいただき、モチベーションが高まるばかりです。

人権意識を高めることは
法に携わるうえで不可欠だと感じました

吉田 早希さんの写真

吉田 早希さん

法学部1年

印象に残っているのは、裁判所が下した処分違憲審査における"二重基準論"に関する講義です。それは人権の制約を経済的自由と精神的自由の二つに分けて考慮するという視点でした。経済的自由が奪われた場合、自由は経済活動によって回復することができます。一方で、精神的自由は他者から抑圧されれば自ら回復できないため、民主主義を限られた人のものにしないためにも厳しい審査が必要だと理解を深めました。将来は法曹界で活躍したいと考えており、法に携わる者として人権意識を高めることは不可欠だと感じています。法律には、さまざまな解釈があり、判例も常に正しいというわけではありません。大事なことは、法律を覚えることではなく、どのように活用するか。そう気づかされた授業です。

授業の内容(2023年度実績)

  1. 人権保障の歴史
  2. 憲法の最高法規性・違憲審査制・憲法改正
  3. 人権の限界:公共の福祉
  4. 思想・良心の自由
  5. 信教の自由
  6. 政教分離
  7. 表現の自由①
  8. 表現の自由②
  9. 表現の自由③
  10. 表現の自由④
  11. 表現の自由⑤/学問の自由
  12. 経済活動の自由:職業選択の自由
  13. 財産権
  14. 生命・自由・幸福追求権
  15. 法の下の平等①
  16. 法の下の平等②例)
  17. 社会権①:生存権・教育を受ける権利
  18. 社会権②:労働基本権
  19. 人身の自由と適正手続
  20. 国務請求権/参政権
  21. 人権の主体:外国人
  22. 人権の主体:天皇・皇族、未成年者、団体
  23. 人権の射程:私人間の人権保障
  24. 人権の射程:特別な法律関係と人権
  25. 平和主義①:憲法9条の意義
  26. 平和主義②/まとめ:9条をめぐる政府解釈

人権に対する学生への問い(例)

初回と第2回の授業を通じて、講師の江藤教授は人権を学問として中立に語ろうと努めていたようであったが、江藤教授は無自覚に人権についてある前提を採用しているように学生Aには思えた。しかし、学生Aはその前提をうまく言語化することはできない。

【問】
あなたが学生Aであれば、どのように言語化するか。400字-600字程度で下記に記しなさい。なお、ChatGPTに同じ問いを投げかけたところ、その前提は「人権は普遍的で不可侵のものである」というものであった。しかし、江藤教授によると、その前提を疑っていたことだけは確かだとのことである。

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