経済学部 経済史入門/文明史

『HQ2019』より

大月康弘教授

大月康弘教授

ヨーロッパの近代化と各地域の近代化を「両にらみ」でとらえ、相対化する目を養う

一橋大学において経済史を学ぶことは、歴史上の人物や出来事を暗記することではない。近代社会のルールを学び、グローバル経済で活躍できる人材へと成長する、そのきっかけをつかむことである。世界に通じる先端的な経済学、社会科学を尊重し、学びながらも、それを相対化する目を養う。これが「経済史入門」の目指しているところだ。

ヨーロッパでのみ自然発生した近代社会と輸入または強制によって近代化した社会

「経済史入門」には大きく二つの軸がある。第一点は、近代社会の特徴を、その前身である「前近代ヨーロッパ」の社会経済の文脈から学ぶことである。近代社会が自然発生したのはヨーロッパのみ。それ以外の地域については、ヨーロッパから近代社会を「輸入」したか、もしくは「強制」されている。
「一橋大学で学ぶ学生には、その事実や文脈をまず習得し、マネージするための基礎としてほしいと考えています」と語るのは、大月康弘教授。
「学生諸君はまず、中世ヨーロッパ世界で芽生えた『近代化』への契機が何だったのかを理解することになるでしょう。他方で、日本で起こったことは、ヨーロッパでの近代社会の学びとは別物として展開したわけですから、ヨーロッパ発の「近代社会」が、日本においてどう変わったか、あるいは変わらずに根本が残ったのか、を学ぶことになります。この世界史の構造を学ぶことは、ヨーロッパ外に住む我々にとって、いわば責務とも言える学びです。ここにこそ経済史の醍醐味もあるのです。」
日本をはじめさまざまな地域には、近代化される以前の「伝統社会」があった。その「伝統社会」が「近代社会」へと脱皮する過程で少なからずフリクション(衝突)が起こる。
「フリクションは、今日で言えばテロなどの形をとって表面化します。国際関係論を学びたい学生も、経済史を学ぶことによって背景がつかめるようになるでしょう」
第二点は、それぞれの地域における近代化論を学ぶことである。日本はもちろんのこと、アジア、アフリカなど各地域をニュートラルな視点でとらえ、近代化論を学ぶ。それによって、近代社会の実態や本質をつかむことが目的である。
「アフリカやその他の地域を『途上国』として、その後進性をあなどる姿勢は、経済史ではあり得ません。日本がそうであったように、どの地域にも独自の歴史や文化があり、それらが近代化によって何を得、何を失ったかを見ていくべきなのです。具体的事実をひとつふたつと学んでいくと、ある程度感覚的につかめるようになるかもしれないね、とみんなには言っています。まあ、ヨーロッパの学生のように、早いうちに国外体験を積む方が、効果的ではあるのですが(笑)」

「そこに書かれていないこと」が何か?を洞察することも大事

ヨーロッパの近代化と、各地の近代化。そして各地域における伝統社会の構造理解。いわば「両にらみ」のスタンスで展開されているのが「経済史入門」の特徴である。と同時に、この「両にらみ」のスタンスは一橋大学における学問の歴史そのものでもあるのだ。
ヨーロッパで経済学や経済史学が確立されていった時期、一橋大学の先人たちは現地に留学。学問の最先端を牽引した学者たちに師事し、議論を交わして、そのエッセンスを体得して帰国した。
「福田徳三、三浦新七...先人たちの学問は、単なる輸入ものではありませんでした。社会科学の最先端に直接コミットした先達は、帰国後、日本の現実に即して彼ら自身の学問を打ち立てました。まさに歴史を作っていったのです。その精神は、現在の一橋大学にも息づいています。特定の地域でのみ通用するような事実やテキストを学習しても、あまり意味はありません。テキストのコンテキスト分析をもしながら、より汎用的、普遍的な感性を育んでもらいたい。そんな想いで『経済史入門』の授業を行っています。この授業に共鳴して多くを学んでくれた卒業生たちが、大きく見れば、日本やアジアの歴史をつくってくれている姿を見るにつけ、実に清々しく、嬉しく感じています。」

Student's Voice

ヨーロッパの見方と学問への姿勢を「文明史」が変えてくれた

小栁雄也さん

社会学研究科 修士課程1年

久保篤史さん

学部の授業で、一番面白かったのが大月先生の「文明史」でした。ビザンツ帝国から近代社会を問うという大風呂敷のテーマは刺激的でした。その中でも最も印象に残ったのは〝地図〟です。その時配られた8世紀のヨーロッパの地図では、ローマ帝国のあった地中海が中心で、今のドイツやフランスはその脇にありました。また、先生がビザンツ帝国に関連して東方教会の話をされていたのも新鮮でした。今振り返ってみると、私には「ヨーロッパの中心はドイツとフランス」「キリスト教といえばプロテスタント、もしくはカトリック」といった先入観がありました。それまで私にとって、そもそもヨーロッパやキリスト教といったものが何であるのかは問いですらありませんでした。いまだその答えは知りませんが、私たちが生きる近代社会の成り立ちに関わるのこの問いが、「文明史」を通して肉感のあるものになったことは確かです。
もう一つ面白かったのは、大月先生の「雑談」です。先生は、ご自身がその謦咳に接した一橋大学の著名な先生方――阿部謹也先生、増田四郎先生など――の業績や人柄についての話を毎回のように触れていました。私はそうした話を繰り返し聞くなかで、一橋大学に所属する自分自身が、そうした連綿と続く学びの系譜の中に身を置かせてもらっているのだという意識を持つようになりました。個別の授業の枠を超えて、一橋大学という場で学問の一端に少なからず携わっているという実感が得られたことは、私にとって予想外の収穫でした。

「歴史から発展してきたものを見る」という新しい考え方にふれることができた

小栁雄也さん

経済学部1年

犬飼菜帆さん

経済史の授業は、「○○年に」「誰がどうした」という知識だけを得るものではありません。先生から全体の方向性を説明されたあと、紹介された本――たとえばアンリ・ピレンヌの『中世都市-社会経済史的試論-』など――を読み、そこから興味があることを自分で追究していくというものです。「これが大学の授業だ!」と思いました。
高校時代、タイに住んでいた私は、経済学を学びながら、ボランティアで東南アジアの国を回っていました。道路をつくるなら、お金を集めてミキサー車を買えばいいですよね。でも現地の方々は「今まであったものを失くしてまで道路をつくりたくない」と言うのです。経済学をモデル化・普遍化しても、必ずしも地域ごとの文化や発展の仕方にはフィットしない。そのことに気づかせてくれたのが、経済史の授業でした。「歴史から発展してきたものを見る」という新しい考え方にふれられて、本当に良かったと感じています。(談)

経済史という「過去」を学ぶことで「間違ってしまう可能性」を排除する

小栁雄也さん

経済学部1年

パタラドゥン・ゲオアップソンさん

高校の頃、タイで学んでいた経済学は、金融関連にしろ労働関連にしろ、あまり数字を使いませんでした。でも一橋大学に留学して、数字やモデルをたくさん使うようになり、経済をコントロールする側として「今後」どうなるか・どうしていくべきかを考える機会が増えています。
その中で経済史という歴史=「過去」を学ぶ意味は、「間違ってしまう可能性」を排除する方法を学ぶ点にあると思います。私が特に勉強になったのは、日本が明治維新以降近代化を学んでいた時代に、やはりヨーロッパにおいて近代化を進めていたドイツを参考にしていたことです。日本はドイツから得た学びをもとに、その後開発・発展を進めていきました。その経緯を学んだことが、私自身、母国であるタイの今までとこれからについて考える良い機会になっています。タイの大学ではなく、一橋大学に留学したからこそ、ここまで経済史について深く学ぶ機会が得られたのではないかと感じています。

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