大阪府立茨木いばらき高等学校

2020年1月24日 掲載

全国から優秀な学生を集めることは、国立大学としての使命といえる。しかし、入学者の約7割を関東圏1都6県出身者が占め、一極集中傾向となっているのが一橋大学の現状である。今回も、解決策のヒントを求めて本学の教員が出身高校に足を運んだ。第5回の訪問先は、軽部大教授(経営管理研究科イノベーション研究センター)の母校である大阪府立茨木高等学校(以下、茨木高校)。120年以上の歴史があり、ノーベル文学賞を受賞した川端康成をはじめ、各界を代表する著名人も数多く輩出してきた名門校である。生徒の志向や進学先の傾向など、先生方との対話を通して明らかになった同校の現状についてレポートする。

岡﨑守夫校長

岡﨑守夫校長

軽部大教授

軽部大教授

藪麻智子進路指導主事

籔麻智子進路指導主事

左から岡﨑守夫校長、軽部大教授、藪麻智子進路指導主事

左から岡﨑守夫校長、軽部大教授、籔麻智子進路指導主事

「卒業生講座」での講義以来、7年ぶりの訪問となった軽部教授

軽部教授に伴って茨木高校を訪問したのは10月下旬。文化祭を2日後に控え、準備に追われる生徒の活気が外まで伝わってきた。同校は、進学校の多い大阪府においてもトップクラスの府立高校であり、北野高校や天王寺高校とともに名を馳せる。訪問当日は、同校の教育的特徴や進路傾向等をヒアリングするとともに、一橋大学の魅力についても広報活動を行った。対応してくださったのは、岡﨑守夫校長と籔麻智子進路指導主事であった。岡﨑校長も同校の卒業生(高30回)であり、後輩にあたる軽部教授との対話では終始笑顔が絶えず、和やかなムードの中で話は進んでいった。

軽部教授が母校を訪れたのは7年ぶりとのこと。同校では「卒業生講座」が毎年開催されている。社会で活躍するさまざまなOB・OGの実体験を聞ける機会として企画。将来の進路を考える参考にするべく、文理選択を行う前の10月に生徒各自が希望する講座を聴講するプログラムである。軽部教授も講師の1人として招かれ、出張授業を行ったのが前回の訪問であった。ちなみに、自身が学びたい分野やテーマを探せる機会として、毎年7月には「学問発見講座」も開催されている。

ここで、軽部教授が一橋大学に進学した経緯について触れておく。福岡市に生まれ、大阪市内と郊外で少年時代を過ごした後に茨木高校へ進学。当初はバイオテクノロジーに興味があり、理系の大学を目指していた。しかし、それぞれが異なる事業をゼロから立ち上げた両親と兄弟の影響を受け、次第に経済や経営に関する現象に興味が移っていく。そして受験期を迎え、進学先の候補となる国立大学を探す中で知ったのが一橋大学であった。「日本におけるビジネス教育の歴史的な出発点であり、過去に著名な経営者と研究者を輩出してきた一橋大学。それにもかかわらず、関西圏では全く知名度はありませんでした。知る人ぞ知る、そこにこそ私は惹かれました」と軽部教授は当時を回想する。1989年、一橋大学商学部に入学。一橋大学大学院商学研究科(現経営管理研究科)修了[博士(商学)]の後、2002年より一橋大学イノベーション研究センター助教授となる。2006年から2007年にかけては、フルブライト研究員として米国ブリンモワカレッジ、米国ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて在外研究に従事。現在は一橋大学経営管理研究科イノベーション研究センター教授を務め、商学部の軽部大ゼミでは学生とイノベーション・戦略・組織の実証研究を行っている。

「主体性」を育む生徒、「見守り役」に徹する教員

茨木高校には文理学科が設置されており、全校生徒数は1,040人(2019年度)。「勤倹力行(生活を質素にして、日々努力して自分を磨くこと)」という校訓のもと、「質実剛健(真面目な生活態度で、心身ともに逞しいこと)」を旨とする校風の中で生徒は3年間を過ごす。3つの教育目標が掲げられており、「高い志(さまざまな分野で活躍する先輩を目標に、世界に有為な人物を育成)」「枠を超える知性(豊かな感性と逞しい知性を育む学びによって、新たな価値を生み出す人物を育成)」「自主自律の精神(生徒主体の活動を通して、社会性を身につけ、協調性を学び、指導力を育む)」を重んじた教育が行われている。

有名国公私立大学に数多くの進学者を送り出す同校だけに、勉学に一途と想像しがちである。しかし、学校行事や部活動に対しても全力で取り組むことが同校のカラーであり、地元ではそのことが広く知られているようだ。「芸術やスポーツをはじめ、生徒はいろいろな才能を持ちあわせています。社会によって決められた枠に収まって欲しくありませんし、何事においても主体的に決められる人間に育って欲しい。だからこそ、生徒にとって自由な学校でありたいと考えています。教員は生徒の見守り役であり、失敗した時の支え役なのです」(岡﨑校長)

このような指導方針は、創立時から変わることのない伝統といえる。知性・感性・個性・創造力等が磨かれた結果、社会に巣立った卒業生の顔ぶれもバラエティに富んでいる。経済界をリードする企業人はもとより、川端康成(作家)、二反長半(児童文学作家)、大宅壮一(ジャーナリスト・評論家)をはじめとした著名人も多い。スポーツ分野では、世界の舞台で活躍した水泳選手を多数輩出している。同校は大阪府立高校の中で、唯一屋内型の50mプールを所有。各種大会の開催場所にもなっていると聞けば納得がいく。日本で最初の学校プール、クロール泳法の普及、数多くのオリンピック選手の輩出等の実績によって"日本近代水泳発祥の地"と称されており、記念碑も設置されている。その歴史が始まったのは、1916年の水泳場竣工。「プールを掘る作業は生徒によって行われました。そこには当時生徒であった川端康成氏や大宅壮一氏も加わっていたという逸話があります」(岡﨑校長)

教育が国際化にシフトした、「グローバルリーダーズハイスクール指定」

創立から120年以上続く歴史の中で、同校の教育が進化する契機となったのは2011年。大阪府教育庁から、府立高校における「グローバルリーダーズハイスクール」として指定される。目的は、豊かな感性と幅広い教養を身につけた、社会に貢献する志を持つ、知識基盤社会をリードする人材の育成である。茨木高校では文理学科の設置、国際理解を深める語学・留学生交流プログラム、宿泊野外行事(修学旅行)の実施等によって推進。指定は現在も続いている。

同校の特徴を説明してきたが、ここで進路状況について報告する。2019年度は国公立大学291人、私立大学1,065人(いずれも過去3か年度の卒業生を含む)の合格者を輩出している。

大学別に合格者数を見てみると、国公立大学のトップは大阪大学の73人。続いて神戸大学48人、大阪市立大学27人、大阪府立大学23人、京都大学16人、京都工芸繊維大学14人と、関西圏の大学が上位に並ぶ。私立大学でも、立命館大学の324人を筆頭に、同志社大学205人、関西大学93人、関西学院大学65人と京阪神エリアにある大学に多くの生徒が合格している。

一方で気になるのが、関東圏の大学合格者数である。国公立大学は、千葉大学3人、横浜国立大学1人、東京農工大学2人と少数に留まっている。対して私立大学では、東京理科大学16人を筆頭に、早稲田大学10人、明治大学8人、慶應義塾大学4人という状況である。

ちなみに一橋大学への入学者は、近年では2018年度と2019年度の各1人に留まっている。このような進路状況には、どのような背景があるのだろうか。ここからは3人で行われた座談会の模様を紹介する。(以下敬称略)

参考:大阪府立茨木高等学校の進路状況(PDFファイル)

通学可能な範囲に、満足できる志望校が存在する関西圏

座談会風景

軽部:まずは生徒さんの進学傾向から聞かせていただけますか?

岡﨑:やはり「地元志向」の強さですね。関西圏には数多くの大学がありますし、自宅から通学できる範囲で選ぶことも難しくありません。さらに、近年は「現役合格」にこだわる傾向があり、基本的には受験校の中で「合格した大学に行く」と決めている生徒も多い印象があります。

籔:現役志向については、2021年度入試から大学入試制度が大きく変わることも影響していると思います。しかし、生徒の能力を考えると、むしろ変更後の入試制度で受験したほうが有利なのではないかと思うところもあります。

岡﨑:保護者の皆さんも、遠方の大学に進学することは「苦労」や「チャレンジ」と考えがちですね。

籔:生徒は生徒で、「保護者の希望や意向を曲げてまで、自分の行きたい大学に行くのはどうか」と考える傾向が強くなっている気がします。

軽部:先生方は進路決定にどの程度関わっているのですか?

籔:担任教員を通して、生徒の志望内容に応じて個別にアドバイスを行い、学校としての考えを伝えるというのが基本的なスタンスですね。

軽部:一橋大学の知名度は現在どの程度でしょうか?

岡﨑:以前、商学部志望で「一橋大学しか行きたくない!」とこだわる生徒もいました。よほど関心や接点がない限り、志望校として名前が挙がることはありません。よっぽどのこだわりがない限り、京阪神エリアにある大学を志望するという印象です。通学可能な範囲に、満足できる志望校があることが要因ではないでしょうか。

軽部:資料を拝見しましたが、高大連携プログラムの一環として大学訪問を実施されているのですね?

岡﨑:そうなんです。訪問先は関西圏の大学だけではなく、「東京スタディツアー」という企画もあります。参加希望者を募って約20人で夏休みに実施していますが、逆にいえば、そこまでしないと生徒は関東圏の大学が目に入らないというのが現状です。

軽部:一橋大学の訪問もぜひツアーに組み込んでください。キャンパスは閑静な住宅地と自然に富む広大な公園が同居したような立地にあり、大学生活を送る魅力を感じていただけると思います。

一橋大学の留学制度を知ることは、「願望を行動に変えるきっかけ」になり得る

軽部:力を入れている教育の一つに「国際理解」がありますね。留学に関心がある生徒さんは多いのでしょうか?

岡﨑:大学進学後に留学したいと考えている生徒は、私たち教員の想像以上に多いと思います。

軽部:一橋大学に入学するメリットの一つに、多彩な留学制度があります。たとえば、一橋大学の派遣留学生として協定校へ留学する「海外派遣留学制度」では、英国のオックスフォード大学をはじめ約90の協定校に現在100人を超える学生を派遣しています。全学部で一学年1000人を満たない小規模大学ですが、短期派遣を含めると2018年度には400名を超える学生が海外の大学で学んでいます。

籔:それは語学留学プログラムでしょうか?

軽部:いいえ。英語を駆使して専攻の学術研究に、世界中から集まる優秀な学生と取り組むものです。ほかにも、私が教員を務める商学部には、選抜された学生が2年次から卒業までの3年間、グローバル感覚を身につけ、リーダーシップを磨く「渋沢スカラープログラム」もあります。留学生を交えた専門教育や提携校への交換留学等を通じてグローバルな現実に触れられるのが特徴です。総じて、一橋大学では留学する学生が多く、私の研究室に所属している学生も半分以上が海外の大学で学んでいます。

岡﨑:留学するとなると、費用の面がハードルになりませんか?

軽部:一橋大学には海外の大学と提携した留学協定があり、一橋大学の授業料の支払いのみで留学できます(留学先の大学へ二重に授業料を納める必要はありません)。渡航費や、現地での生活費も補助されます。これらは、「如水会」という卒業生が中心となって構成される同窓会組織が多大な支援をしてくれます。世界中に約140の支部があり、留学した学生を現地でサポートしてくれることもあります。国立大学では珍しいシステムだと思いますし、一橋大学は面倒見の良い国立大学といえます。

籔:留学すると、就職に対する考え方やキャリア観が変わると思います。生徒も、大手企業に勤めることだけが将来の選択肢ではないと思っているはずですが、きっかけをなかなか得られないのが現実です。一橋大学の留学制度は、願望を行動に変える大きなきっかけになりそうですね。

踏み出せない若者の背中を、大人が押してあげることは大切

軽部:留学生の受け入れはどのような状況ですか?

籔:年間を通じて受け入れています。今年度はモンゴルからの留学生が半年間滞在しました。生徒は言語や文化の違いを超えた友情を深められますし、自分が海外に留学した際のイメージを具体的に膨らませることもできます。国際理解を深めるプログラムとしてはほかにも、1年生が大阪大学の留学生と交流する「茨木Brothers&Sistersプログラム」や、英語による実践的なコミュニケーション力を高めるために英語漬けの数日間を過ごす「英語イマージョンプログラム」があります。

軽部:どれも私が過ごした時代には無かったものです。ちなみに、現在の修学旅行先はどちらですか?

籔:グローバルリーダーズハイスクール指定の一環として、近年は海外が続いています。2018年度はフィリピンのセブ島でした。楽しいリゾート体験ができると思いきや、宿泊先のホテルからバスで郊外に出ると風景が一転。貧困という問題を直視することになるというシナリオです。

軽部:先生方が企画されているのですか?

籔:すべて生徒が企画して、旅行先の選定や滞在プランの立案も行っています。今年はカンボジアでしたが、実行委員同士で「僕たちはなぜ茨高に入学したのか。普通の高校生活ではない、人とは違うことをしたいと思って入学したのではなかったのか。」といった白熱した議論が行われた末に決まったようです。

軽部:とても主体的で行動力がありますね。しかし、進学先となると保護者の希望を思いやり、特にこだわりがないというのは少々不思議です。

籔:その要因としては、大学ごとに違う特徴や中身を知らないことが大きいと思います。また、最近の若者の印象としては、大人に評価されることに疑問を抱かない、顔色を覗うことに慣れているのではないかと感じます。

軽部:私も学生と接していて感じることですが、こちらから背中を押してあげることが今の時代は大切なのかもしれませんね。

高校での「課題研究」と、大学での「社会科学」との接点

軽部:「高い志」の礎を築くための教育課程では、その要の一つとして挙げられている「課題研究」に目が留まりました。どのような研究が行われているのですか?

岡﨑:グローバルリーダーズハイスクールに指定された年にスタートし、2年生が週1回行っています。課題とするテーマは好奇心を出発点に生徒が自ら決めます。「最後の晩餐とダ・ヴィンチの思惑 ~謎の手に隠されたもの~」「告白の成功率を上げる言葉」「64=65問題 ~図形の配置を変えると面積が変わるのは何故~?」等々、研究テーマは実に幅広く多彩です。パネルボードにまとめた展示発表を廊下で行っているので、後でぜひご覧になってください。

軽部:一橋大学での社会科学研究に通じるものがありますね。

岡﨑:確かに、人文・社会科学分野に該当する研究テーマが多くあります。仮説を立てて論理的に考察していきます。グローバルリーダーズハイスクールに指定されている10校で合同発表会も行っており、2018年度は茨木高校の生徒が最優秀賞を受賞しました。しかし、重要なのは結論ではなくプロセスです。事象や物事に対して真摯に探究する姿勢を育むことが大事だと考えています。

軽部:茨木高校の教育に対して、周囲はどのようなとらえ方をしているのでしょうか?

岡﨑:体育祭をはじめとする行事や、加入率がほぼ100%となっている部活動も含めて、評価は高いと思います。3年生は受験を控えているにもかかわらず、9月に体育祭を開催していて大丈夫かと危惧する声もありますが、「二兎を追う逞しさ」を育むことも茨木高校の伝統。教員一同、真のエリート教育を行っているという自負はあります。

軽部:卒業生の1人としても嬉しく思います。一橋大学の教員としては、茨木高校から毎年1人でも入学者を迎えたいところです。留学プログラムにしても、ゼミナールや研究活動にしても、他の大学と表面的には似ているようでその本質で大きく異なる点にぜひ注目していただきたいと思います。

籔:接点や出会いをつくるためにも、是非また卒業生講座にお越しいただけませんか?以前、獣医を務める卒業生の方に講師をお願いしたことがあり、その講演内容がきっかけとなって検疫の仕事に就きたいと強くこだわって進学先を探した生徒がいました。

軽部:影響力は大きいですね。いつでも出張授業をやらせていただきますのでお声掛けください。

岡﨑:こちらこそ宜しくお願いします。生徒には常に、「本物に触れること」「先輩の背中を追いかけること」が大事であると話しています。

校内見学中の写真 1

グローバルリーダーズハイスクールの合同発表会での生徒たちの研究レポートを見学

校内見学中の写真 2

旧校舎時代は、校庭に高槻で出土した石棺が置かれていた(現在石棺は博物館に移管され、レプリカが置かれている)

PEOPLE

一橋大学の「人」