愛知県立千種ちぐさ高等学校

2019年10月1日 掲載

関東圏1都6県出身の入学者が約7割を占める今、全国から優秀な学生が集まる国立大学へと原点回帰することが課題ともいえる一橋大学。その背景や原因を探るべく、本学の教員が出身高校に赴く連載企画『母校を訪ねて』。今回は、社会学研究科の菊谷和宏教授が愛知県立千種高等学校(以下、千種高校)を訪問した。グローバリゼーションを見据えた「国際教養科」の設置、文部科学省による「SELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)」の指定などを契機に、在校生の志向や卒業後の進路も変化したという同校の実状を紹介するとともに、一橋大学が誇る学術研究や人材教育との接点を見出していく。

岸田晴雄進路主任

岸田晴雄進路主任

平田将之特活課主任

平田将之特活課主任

菊谷和宏教授

菊谷和宏教授

小島伸之校長

小島伸之校長

花里真吾教務主任

花里真吾教務主任

左から岸田晴雄進路主任、平田将之特活課主任、菊谷和宏教授、小島伸之校長、花里真吾教務主任

左から岸田晴雄進路主任、平田将之特活課主任、菊谷和宏教授、小島伸之校長、花里真吾教務主任

約30年前、"社会学"を求めて地元を離れた菊谷教授

愛知県立千種高等学校

梅雨入りを感じさせない晴天の日、我々取材班は菊谷教授とともに母校である千種高等学校を訪れた。当日は小島校長、平田特活課主任、岸田進路主任、花里教務主任が対応してくださり、同校の特徴や推進する教育などに関するヒアリングのほか、菊谷教授によって後輩となる生徒たちへの出張授業も開講された。
「訪れるのは約30年ぶりで、恐らく卒業後初めてです」と話す菊谷教授は、千種高等学校がある愛知県名古屋市に生まれ育つ。そして、当時は学校群制度によって名古屋市立菊里高等学校や愛知県立旭丘高等学校と群が組まれていた千種高等学校に1984年(昭和59年)に進学した。県内有数の進学校として名を馳せる一方で、花園での全国大会に出場するほど強豪のラグビー部を擁するなど、文武両道というイメージを持つ世代の方も多いのではないだろうか。

吹奏楽部で青春を謳歌していた菊谷教授は、進路を決めるにあたって"自分は何に向いているのか""将来はどんな職業を目指そうか"と考えたことはなかったという。「ただ一つ抱いたのは"本当のことを知りたい"という探究心です。さまざまな事象や出来事に対する"なぜ?"を、いつまでも考え続けたいと思っていました」。広義での"社会性"を研究したいという想いが芽生え、19世紀のフランスの哲学者オーギュスト・コントらによって生物有機体になぞらえた社会の構造などを説いた"社会有機体説"に感銘を受けたことが、大学で社会学を学ぼうという決心につながる。
そして、国公立大学に絞って進学先を探した結果、学部という大きな研究組織を唯一持っていたことが決め手となり、1987年に一橋大学社会学部に入学した。卒業後、一橋大学大学院社会学研究科に進んだ後、フランス社会科学高等研究院に留学。和歌山大学教授、パリ・ディドロ大学(パリ第7大学)招聘研究員およびユーロメッド・マネジメント(現 ケッジ・ビジネススクール)客員研究員を経て、2016年より現職に就く。

"国際教養科"の設置で、生徒の志向や進路が大きく変化

千種高等学校には現在、普通科(定員280人)と国際教養科(定員80人)が設置されており、全校生徒約1,100人(2019年度)が学業のほかさまざまな活動に勤しんでいる。
1963年(昭和38年)に開校した千種高校だが、1985年(昭和60年)に国際教養科が設置されたことが大きな転換期となったようだ。どのような変化をもたらしたのか、小島校長にお話を伺った。

「本校の校是を一言で言えば"自主自律"であり、もともと積極果敢に行動する生徒が多いのですが、加えて語学教育や国際理解教育に関心の強い生徒が増えていきました。2003年(平成15年)には英語教育の先進事例校として文部科学省からSELHi(スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール)の指定も受け、"千種高校=国際系"というイメージの定着が進んだように思います。現在は、海外帰国生徒を対象とした特別選抜も実施しています。こうした背景もあり、本校には非常に個性的で"多才・多芸・多様"な生徒が集まっています」

ちなみに、国際教養科の設置前は男子が半数以上を占めていたという生徒の男女比も、現在は逆転し、6割以上が女子生徒とのこと。母校の時代の変化に触れ、菊谷教授も驚きを隠せなかった。

国際教養科では、豊富な英語の時間数を活用し、コミュニケーション能力の育成に重点を置く科目や、国際理解を深める科目など、それぞれの目的にあわせた特別な教科が幅広く用意されている。象徴的な教育プログラムとしては、西欧諸国やアジア・アフリカ・中南米など10か国から講師を招いて開講される"異文化講座"(1年生全員が対象)や、アメリカ人の講師や高校生と合宿形式で共同生活を送る"English Camp"が挙げられる。また、愛知県内では"第二外国語"にも力を入れている数少ない公立高校の一つでもある。6か国語(フランス語、スペイン語、中国語、韓国・朝鮮語、イタリア語、ドイツ語)の中から自分の好きな言語を選択して学ぶことができ、ネイティブスピーカーの講師による授業が少人数クラスで行われている。
そして特徴は、卒業後の進路における生徒の選択肢にも見受けられる。海外の大学に進学するケースも多く、過去5年間の実績を見せていただくと、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストリア、オーストラリア、中国、韓国の大学名が計20以上並んでいた。
生徒が進学先の大学に期待するのは、語学力の向上というより、"語学力を活かして何を学べるか"にあると言えそうだ。そこで話題に上ったのが、一橋大学で展開されている数々のグローバル人材育成事業であった。交換留学制度や如水会による費用支援など、その充実ぶりは期待に大きく応えられるものだが、こうした特徴の認知について菊谷教授が尋ねると、進路主任の岸田教諭から次のような答えが返ってきた。

「そのようなプログラムや環境・制度が一橋大学に整っていることは、私たち教員も熟知できておりませんでした。本校の生徒の7割近くが文系であり、関東圏にある国際・外国語系学部を持つ私立大学を志望する生徒も少なくありませんが、一橋大学に対して何よりも先に浮かんでしまうのは、学力が非常に高い生徒のみが挑戦できる難関大学というイメージで、入試において秀でた数学の力を求められることも受験のハードルを上げていると思います」

千種高校から一橋大学に進学した生徒は、近年では2016年度に経済学部に1人、2017年度に法学部に2人に留まっている。

学問への興味関心に影響を与える、高校の"教育課程"

2019年度の進路概況は、国公立大学が147人、私立大学が1,031人(いずれも過年度生含む)となっており、私立大学への進学希望者が多い傾向は過去3年間においても変わらない。
さらに、過去3年間の入試合格者数を大学別に見てみよう。国公立大学では、名古屋大学の63人を筆頭に、名古屋市立大学43人、愛知教育大学36人、名古屋工業大学28人。そして、隣県にある岐阜大学28人、静岡大学19人、信州大学15人と、ここまで中部圏の大学が上位を占める。私立大学では、南山大学502人、立命館大学269人、名城大学236人、同志社大学190人と、中部圏と関西圏の大学が入り混じる。
一方で、関東圏に注目してみると、国公立大学で最多となるのは東京外国語大学・横浜国立大学の各13人。続いて筑波大学5人、首都大学東京4人、東京工業大学・東京学芸大学・横浜市立大学・千葉大学各3人、国際教養大学2人、東京大学1人となっている。私立大学においては、明治大学の95人を筆頭に、法政大学63人、中央大学56人、早稲田大学53人が続き、計10大学に455人を送り出している。

参考:愛知県立千種高等学校の進路概況及び主な大学の合格者数(PDFファイル)

このような状況を踏まえ、進路選択の背景や傾向について小島校長の見解を伺った。

「県内や中部圏にある大学に進学する生徒が多いのは、やはり安心感や経済的な負担の小ささなどが影響していると思います。続いて進学者が多い関西圏の大学に対しては、"近い"という印象があるはずです。たとえば名古屋市内から大阪市内まで、新幹線を利用すれば1時間前後で着く距離ですから。とはいえ、私立大学においては関東圏の大学を志望する生徒が多いことも事実で、2019年度は現役で60人以上が進学しています」

この後、菊谷教授は"社会学"の認知について質問し、教務主任を務める花里教諭にお答えいただいた。

「生徒たちには、社会学以前に"社会科学"がどのような学問かを理解して欲しいと思っています。そして高校の教育課程はそのためにも重要であると考えています。現在、社会科の教科は"地理歴史(世界史、日本史、地理)"と"公民(現代社会、倫理、政治・経済)"となっています。教育課程の中で社会科学の領域といえる公民に関していえば、2019年度以降の入学生では、全員が"現代社会と倫理"を履修します。一方で、"政治・経済"は選択履修としています。そして、2022年度以降の入学生では、学習指導要領の改訂に伴い、"現代社会"に代わり、"公共"が必履修となります。この新しい科目においても魅力ある授業とすることが、現場の教師に求められていると考えています」

大学としてはこのような教育課程の編成における制約や教育課程の変化によって、社会科学、ひいては、社会学と生徒の接点を減らさないようにする必要があると考えている。
菊谷教授は、関東圏出身の入学者が約7割を超え、また、約5割の学生が一橋大学の国立キャンパスに自宅から通うという現状についても危機感を募らせていることを先生方に訴えた。

「社会学という学問を追究するうえでも、一極集中化は好ましくありません。学生が"同質化"するからです。本来は個々が関心のある社会現象を研究テーマとして書き上げる卒業論文も、問題提起に必要なオリジナリティある観点が影を潜め、多様性のないものになりがちです」

受験生の琴線に触れる"何のために大学で学ぶのか?"

出張授業の様子

先生方との対話の後、菊谷教授は教室に移動し、社会学の魅力に触れてもらう絶好の機会となる出張授業を行った。千種高校では、生徒の進路選択やキャリア支援の一助とするべく『夢応援プロジェクト』と題した特別授業が行われており、今回の出張授業はその一環として開講された。社会の第一線で活躍するプロフェッショナルが招かれ、毎回オムニバス形式で自身の職業体験や人生などについて講演するという内容で、ラジオDJやプロシンガーが教壇に立ってきた。菊谷教授は大学教授を職業とする1人として登壇し、後輩となる生徒たちの前で50分間の講演を行った。

講演は、菊谷教授の千種高校時代から現在に至るまでの経歴紹介で幕を開け、"大学で学ぶとはどういうことか?""一橋大学や社会学部では何が学べるのか?"といったテーマで話は進んだ。そして、進路選択を控えた生徒に対して、「やりたいことや夢は、自分の中にある。自分の外に答えを求めても、見つからない」「何に惹かれるのか、自分自身に問いかけてこそ、自分が納得できる人生を切り拓ける」といったエールが送られた。
印象的だったのは、"何のために大学で学ぶのか?"というテーマに対する生徒たちの反響であった。菊谷教授の「自由になるために学ぶ」という回答は、講演終了後も質問や意見を求める生徒で菊谷教授が囲まれるほど琴線に触れたようである。
千種高校の進路指導は1年次から行われ、生徒は"いかに生きるか" "なぜ大学に行くのか"という観点で進学先を考え始めるという。物事の本質と向き合い、真理を探究したい若者にとって、社会学の魅力の一端に触れられたことが、今回の出張授業の収穫ともいえるだろう。
また、国際・外国語系学部を志望する受験生に対して一橋大学が誇るグローバル人材育成事業を積極的に広報していくことは、全国から優秀な学生を集めるうえで一つの糸口になるかもしれない。そんな手応えを感じながら、菊谷教授と我々取材班は千種高校を後にした。

  • 学校群制度(がっこうぐんーせいど)とは公立高等学校入学者選抜の一方式。学区内に複数の高校で群をつくり、郡内各学校の学力が平均化するよう合格者を振り分ける制度。受験競争の緩和、高校間格差の縮小を目的に1960年代半ばから80年代まで東京都などで導入。出典:【広辞苑 第七版】

PEOPLE

一橋大学の「人」