福井県立武生たけふ高等学校

『HQ2017年秋号vol.56』より

一橋大学の2017年度の入学志願者数は4183人で、うち入学者は951人であった。それらの73~74%を関東圏の1都6県出身者が占めている。北関東3県を除いても70~71%、うち東京都だけでも39〜40%と高く、"一極集中" 傾向が顕著となっている。まさに一橋大学には"首都圏の国立大学"というイメージが定着した感がある。しかしながら、国立大学として全国から優秀な学生を集めることは本学の願いであり、大きな課題といえる。そこで、なぜこうした事象が生じているのか、その理由を探るとともに、一橋大学を正しく認知してもらうために、『HQ』として本学の教員が母校を訪ねてヒアリング及び広報活動を行うという企画が立ち上がった。第1回は、『HQ』編集長を務める商学研究科・鷲田祐一教授が、福井県立武生高等学校(以下、武生高校)を訪ねた。その様子をレポートする。

藤澤春和校長

鷲田祐一教授

鷲田祐一教授

金﨑肇教頭

金﨑肇教頭

盛髙宏嗣進路指導部長

盛髙宏嗣進路指導部長

葵講堂の前にて。左から金﨑肇教頭、藤澤春和校長、鷲田祐一教授、林昭彦教諭(鷲田教授の高校時代の同級生)、中野守教諭(2年主任)

葵講堂の前にて。左から金﨑肇教頭、藤澤春和校長、鷲田祐一教授、林昭彦教諭(鷲田教授の高校時代の同級生)、中野守教諭(2年主任)

卒業以来、30年ぶりの母校訪問となった鷲田教授

母校訪問の様子

本企画は初の試みであり、編集側としては取材依頼を受けてもらえるか一抹の不安があったが、快諾を得て杞憂となった。武生高校側は藤澤春和校長、金﨑肇教頭、盛髙宏嗣進路指導部長が対応してくださり、母校として鷲田教授を温かく迎え入れてくださった。鷲田教授は毎年、同地にある実家に帰省はするものの、母校を訪問するのは卒業以来30年ぶりとのことだ。
鷲田教授は、教員を務める両親のもと武生市(現在は越前市)に生まれ育つ。家族には、県内屈指の進学校である福井県立藤島高等学校から大阪大学経済学部に進学した実兄がいる。学区制がある中、地域の一番校であった武生高校に進学した鷲田教授は、2年生まで理系コースで学んでいたが、3年生から文系コースに転進する。「兄が経済学部卒だったことの影響」と話す。そして、マスコミで働く叔父からも影響を受け、上京を決意。叔父がかつて一橋大学への進学を希望していたことからその存在を知り、鷲田教授も一橋大学を志願し入学した。卒業後は広告代理店大手の博報堂に入社しマーケティング局に配属。同社の研究所やマサチューセッツ工科大学留学、東京大学大学院などを経て一橋大学の教員に転身、2015年に現職に就任するという経歴を持つ。

「スーパーサイエンスハイスクール」指定の県内屈指の進学校

校門

武生高校は福井県越前市にある県立高校で、JR北陸本線武生駅から1㎞強の街中に立地している。越前市は2005年に武生市と今立町が合併して誕生したが、同校は1898(明治31)年に福井県立武生尋常中学校として創設されて以来、「武生」の校名を残している。なお、創立100周年を記念して完成した「葵講堂」の建設は、時の校長が「高校に安田講堂をつくる」と力を入れた事業で、県内唯一の講堂として同校のシンボルとなっている。
創立以来、4万6225人の卒業生を送り出しているが、同県屈指の進学校として名高い。2017年4月1日現在の全生徒数は963人で、普通科と理数科に分かれる。さらに普通科は、2年次から理系と文系に分かれる。同校は2008年から文部科学省の「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の指定を受けており、2018年度からの3期目の指定を受ける準備を進めている。また、福井県は、全国生産の90%を占める眼鏡をはじめ、精密部品や半導体、工作機械、自動車関連機器などの工業が盛んなこともあり、理工系への進学を目指す生徒が多いという傾向がある。
2017年度における大学入試合格者数を見ると、国公立大学が241人、私立大学が383人(いずれも過年度生含む)。同年3月の卒業生の学部別進学者数としては、理工系が92人で最多となっており、法経商社系65人、教育系37人、文学・外国語系32人と続いている。

進学先は地元と関西圏が圧倒的

過去3年間の大学別の入試合格者数としては、国公立大学では福井大学の170人を筆頭に、金沢大学97人、福井県立大学59人、富山大学36人と北陸圏の大学が続く。次に多いのが神戸大学と大阪大学の26人、さらに名古屋大学18 人、静岡大学16人、京都大学10人など関西圏や中部圏も多い。私立大学においては、立命館大学210人、近畿大学99人、京都産業大学78人、関西学院大学72人と関西圏が上位を占める。
一方の関東圏の国公立大学における最多は千葉大学と横浜国立大学の7人で、次に筑波大学の6人、東京大学の5人など。私立大学では、早稲田大学19人、東京理科大学18人、明治大学17人と続いている。一橋大学は、2016年度に1人のみが進学しているという状況だ。
武生高校最寄りのJR武生駅から、京都や金沢まで特急で1時間程度。この近さが、進学先の選定に直結しているといえる。距離のメリットについて、藤澤校長は次のように説明する。
「たとえば京都大学は、毎年、夏休みや土日を利用して受験生を集めるためにオープンキャンパスを実施しています。そこでいろいろな学部学科を見てまわり、どんな研究をしているのかを生徒に体験させている。体験してみることで、『ここで勉強したい』と思わせる効果があるようです。京都は近いので、本校からも何人もの生徒が気軽に行っているようですね」
さらに、北陸地域の生徒や保護者は地元志向が強いとされ、前述のとおり進学先は地元もしくは近隣の関西圏となる傾向が強いという。そうした中でトップクラスの生徒が志願する筆頭が、その京都大学というわけだ。
それに対して、関東圏の大学はどうなのか。福井にはまだ新幹線が延びておらず、東京へは米原まで出て新幹線で行くか、金沢まで出て同じく新幹線で行くことになる。所要時間は3~4時間と遠い。親元から遠く離れた、しかも大都会の東京に子どもを1人で住まわせることに不安を感じる保護者は少なくないようだ。「将来、東京で働くとか、東京で学んで地元に戻るというイメージが持てない生徒が多く、東京の大学に行くという気持ちにもなりにくいのではないか」と金﨑教頭は話す。

福井県立武生高等学校 平成29年度合格者数(国公立大学のみ)

国立大学平成29
北海道大 1
東北大 0
茨城大 2(2)
筑波大 2
一橋大 0
千葉大 3(1)
お茶の水女子大 3
東京大 0
東京外大 0
東京工業大 1
東京学芸大 2
横浜国立大 3
新潟大 2
富山大 13
金沢大 35(1)
福井大(教、国際) 21(1)
福井大(工) 22(1)
福井大(医) 7
信州大 5(1)
岐阜大 2
静岡大 5
愛知教育大 2
名古屋大 3(1)
名古屋工大 1
三重大 1
滋賀大 0
京都大 6
京都教育大 2
大阪大 11(3)
大阪教育大 0
神戸大 6(2)
兵庫教育大 0
奈良教育大 0
奈良女子大 1
鳥取大 1(1)
岡山大 1
広島大 1
九州大 3(1)
その他 11(3)
(国立合計) 179(18)
公立大学平成29
高崎経大 1
首都大東京 3(1)
横浜市立大 1
敦賀市立看護大 1
福井県立大 15
都留文科大 9
愛知県立大 0
名古屋市立大 2
滋賀県立大 2
京都府立大 0
大阪市立大 3
大阪府立大 3(2)
兵庫県立大 3
その他 19(1)
(公立合計) 62(4)
(国公立合計) 241(22)

( )は内数で過年度生
出所:福井県立武生高等学校ホームページより引用

同様に難関であるなら試験問題が一般的な東京大学を勧める

さらに、一橋大学にとっては気がかりなことがある。盛髙部長は次のように指摘する。
「一橋大学の入試問題は、特に社会科に特徴があって、一般的な教科書の内容を超える難解さがあり、学校内だけでなく地元の進学塾での受験指導が大変であると聞いたことがあります。教科書ベースの学習を続けた生徒が途中で一橋大学を志望しても間に合わないので、志願するなら早くから決めて勉強を始める必要があると。そうであるならば、難易度がそう変わらず、一般的な教科書に書かれた内容の範囲でよく練られた試験問題を出す東京大学を受験させたほうがいいという意見があります。また、生徒や保護者は大学ごとの学びの内容や特徴を詳しく知っているわけではないので、『関東に行くなら東京大学』というイメージを持ちやすいという要因もあるように思います」
率直にこうした課題の指摘を受けることができたのは、今回の企画の大きな収穫といえるだろう。
この後、藤澤校長らが、社会科学系の大学進学を志望している同校の生徒7人に一橋大学を紹介する時間を設けてくれた。鷲田教授は、一橋大学の歴史や4学部の特徴、少人数による教員と学生との距離の近さ、ゼミや留学制度の強み、卒業後の進路、学生への満足度調査の結果、如水会の存在などについて1時間余り説明する。生徒全員や藤澤校長らから、受験や鷲田教授自身の進路、一橋大学の教育、地方出身者が東京で生活すること、さらに鷲田教授の推薦図書や経済学のトピックスに関する質問があった。
最後に全員で記念撮影をして、解散となった。

ミニ講座1

ミニ講座2

若者が憧れる「文系のロールモデル」をたくさんつくるしかない

鷲田教授は、今回の訪問の感想を次のように述べる。
「30年ぶりに訪問し、校舎が美しく改築されていることが印象的でした。母校が発展していることを喜ばしく思います。また、200校しか選ばれないSSHに指定され、トップレベルの進学校として発展していることも嬉しく思いました。一方で、それだけに社会科学が認識されにくいという問題があると思います。文系、理系にきっちり分け、優秀校として理系教育に力を入れるという構図があるとしたら、文部政策の影響があるのかもしれません。さらに、伝統的に手工業が発達し理工系を重視する地域特性や、京都と金沢という伝統的な都市に挟まれた保守的な思考風土の影響もあるといえるでしょう。旧帝大である京都大学、師範学校の流れを汲む金沢大学の人気が高いのは、距離の近さだけでなく、当時からの〝エリート養成校〟のイメージが強く残るがゆえでもあると見ています。
そうした中、今回の取材に協力してくれた7人の生徒さんたちには、あえて自然科学系のマイナス要因についても話しました。理工系重視の校風を否定するというものではなく、社会科学も含め、広い視野を持って見つめ直してほしかったからです。自然科学は、ノーベル賞の表彰がかなり昔の成果に対するものであることに象徴されるように、研究のタイムスパンが長く、人を幸せにするまでに時間がかかる傾向があります。それが悪いというわけではありませんが、社会科学の領域では、もっと短時間で人を幸せに導くノウハウがあると指摘しました。
しかし、一橋大学がもっと認知されるためには、若者が憧れる『文系のロールモデル』をたくさんつくっていくしかないように感じています。自然科学のノーベル賞受賞者に匹敵するような、社会科学出身のスターが日本には不在だからです。この差は、未来のある若者にとって、より歴然としているのではないでしょうか。それと、一橋大学にはほかの国立大学にはない強みがたくさんあるわけですから、その強みを地道に伝えていくしかないとも思っています」
次号以降も、本企画で一橋大学の課題を明らかにしていきたい。

校内見学1

校内見学2

校内見学3

PEOPLE

一橋大学の「人」