グローバルな視点でローカルの観光戦略を変える 渋沢スカラープログラム(SSP)受講生が鳥取県米子市に持続的発展プランを提言

(『HQ』2016年秋号より)

観光客誘致を目的とした「米子プロジェクト」

「グローバル」とは何か。それは、単に英語でのコミュニケーションや海外で活躍することだけを意味するわけではない。商学部「渋沢スカラープログラム」(Shibusawa Scholar Program:以下SSP)のディレクターを務めるクリスティーナ・アメージャン教授の言葉を借りれば、今日の世界はより密に相互依存している。ローカルな事象から、多様なアイデアやビジョンに気づくこともできるのだ。今回レポートする「米子プロジェクト」は、まさにそれをSSP受講生が実体験し、グローバル・リーダーに求められる資質を養う貴重な機会になった。

今日の世界を、「国内の地域」で体験的に学ぶ

米子市写真

美しい自然や美味しい海産物など、観光資源が豊富な米子市

「米子プロジェクト」とは、鳥取県米子市の観光戦略をテーマに掲げた提言プロジェクトであり、観光客の誘致を目的に、米子市の関係者と商学部のSSP第2期生7人が協働で行っている。
ちなみにSSPは、一橋大学の「グローバル・リーダーズ・プログラム」の一環として行われている商学部の選抜教育プログラムで、「英語で専門科目を学ぶ」「1年間の留学が必須」といった特徴を持つ。そう聞くと、なぜ受講生が日本国内の地域の課題解決に取り組むのか、首をかしげる向きも多いだろう。しかし、養われる底力という観点で見るとSSPと「米子プロジェクト」の狙いは合致する。SSPの教育コンセプトは"Out of ComfortZone"。つまり、「慣れない環境にも飛び込んでいける力」が、グローバルな環境でリーダーシップを発揮するには欠かせないと考えられている。普段は都会の住み慣れた環境で学業に勤しむ学生にとってはなおさらだ。「米子プロジェクト」は、今日の世界を体験的に学べる"国内留学"ともいえる。

米子市とSSPのタイアップが、「一橋大学の縁」で瞬く間に実現

「米子プロジェクト」は、SSPに組み込まれたプログラムの一つではなく、偶然が重なって生まれたというから興味深い。きっかけとなったのは、SSPディレクターを務めるアメージャン教授への"ある依頼"だったという。
依頼主は、一橋大学の卒業生で鳥取県出身の吹野博志氏(1965年経済学部卒業)。依頼の内容は、母校である米子東高等学校で一橋大学の魅力を紹介する出張授業をして欲しいというものだった。以前から吹野氏と親交があったアメージャン教授は快諾し、同校を訪問。そして、帰り際にアメージャン教授が吹野氏に打診したのが、米子市とのタイアップによるSSPの特別プログラム実施だった。受講生が観光ツーリズムの研究プロジェクトを進行中で、海外留学も控えていたことから、日本の伝統や文化に触れる機会をつくりたいという思いによる発案だった。
打診を受けた吹野氏は、同郷の一橋大学卒業生で親交のあった永瀬正治氏(1958年商学部卒業)に相談。永瀬氏は米子市で石油会社を経営し米子商工会議所の会頭も務めた人物だけに、地元経済界が全面的にバックアップする受け入れ体制が瞬く間に整う。全国津々浦々に広がる一橋大学のネットワークの強さを物語るエピソードといえるだろう。こうして「米子プロジェクト」は実現する運びとなった。

地元の経済界も期待した、SSP受講生の問題解決策

一橋大学OBで米子市の名士である、永瀬正治氏(右端)とともに集合写真

一橋大学OBで米子市の名士である、永瀬正治氏(右端)とともに。
永瀬氏の多大な協力があって、米子市とのタイアップが実現

SSP受講生は観光戦略を提言するにあたって、現状と課題を把握するために鳥取県西部を視察(2016年3月27~29日)。米子市では鳥取砂丘に並ぶ県の自然遺産である大山の魅力について説明を受け、境港市では市観光協会から"妖怪"を活かしたまちづくり施策について話を聞くなど、さまざまな情報収集に奔走した。そして約2か月後、アメージャン教授同行で再び米子市を訪問。分析や検討を経てまとめた観光戦略の発表を市内のホテルで行った(2016年5月14~15日)。この発表会には、米子市・境港市の経済人など50人が出席したという。「米子プロジェクト」が地元にとって、大学が実施する教育プログラムへの単なる協力ではなく、地域を再生する提言そのものへの切なる期待だったことがうかがえる。
対して、SSP受講生がまとめた観光戦略はどのようなものだったのか。日本国内における観光客誘致と、外国人旅行者を誘致するインバウンド効果を狙うという、二つの方向から具体策が練られた。SSPというグローバルを学ぶ環境に身を置くからこそ提案できる、広角的な視点での解決策であったこと、チラシの配布や渉外活動といった過去の周知PR手法を前提としない、効率的かつ効果的に魅力を拡散させる現代的なプロモーション手法が盛り込まれていたことも、特徴といえるだろう。SSP受講生が行った発表内容のポイントを、もう少し具体的にご紹介しよう。

観光戦略の鍵は、「長期的な誘致」と「ターゲット設定」

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一つ目のポイントは、「観光」というもののとらえ方にある。訪れた人に現地でお金を落としてもらうだけでは、短期的にしか観光客を獲得できない。そう考えたSSP受講生たちは、持続的な獲得策であることを重視し、「米子のファンをつくる」を観光戦略の目的とした。観光客のファン化は長期滞在や再訪問を促し、最終的には移住者となって地域の活性化を導ける。

そして二つ目のポイントは、「ターゲット」を誰に設定するかだ。ファンづくりを推進するにあたって、SSP受講生たちは想定する観光客を「欧米系」「中国人」「日本人」という三つのカテゴリーに分類した。まず「欧米系」に対しては、定番の観光地やツアーを好まず、自由な旅行スタイルを好むという特性に注目。それに合わせた観光サービスを提供するため、米子市街地の空き家をリノベーションし、Airbnb(エアビーアンドビー:宿泊施設・民宿を貸し出す人向けのウェブサイト)を利用して貸し出すことをプランに盛り込んだ。

次に「中国人」に対しては、"爆買い"から"日本の文化・自然"へ興味がシフトしているという傾向に着目。米子市の文化・自然を堪能できる"爆体験ツアー"を考案し、Weibo(ウェイボー:中国最大のSNS)とWeChat(ウェイシン:中国大手IT企業が提供する無料通話・チャットのコミュニケーションアプリ)での周知PR活動を提案した。最後に「日本人」に対しては、人通りが少なく活気のない市街地に注目。懐かしい下町の景色を楽しめる加茂川周辺エリアの空き家を無料で貸し出すプランを提示し、レストランやカフェなどを起業するための資金援助の必要性にも触れた。目標は、歴史的な街並や自然と人々の生活が融合するパリのようなムードを生み出し、ファンづくりにつなげることだ。このエリアが憩いの場になれば、地元住民も自分の街のファンになる。このことは、街全体のムードを盛り上げ、観光客を呼ぶうえでも重要と、SSP受講生は訴えかけた。

フィールドワークの様子

フィールドワークの様子。米子城址にて

妖怪に扮して

境港市では、"妖怪"を活かしたまちづくりについて情報収集を行った

「地域再生」は、課題解決力を磨く格好の素材

発表会では、米子市全体のプロモーション手法も提案された。これは、オーストラリア政府の観光局が実施したキャンペーン「Best Jobs in the World」に倣ったもので、米子市で「日本最高の仕事」を手掛ける人物をクローズアップすることで、全国はもちろん世界からも注目を集めるというプランだったことを付け加えておく。
総じて、グローバルな視点を注入した目新しい観光戦略は、会場に集まった出席者に地元が発展する可能性が少なからず残されていることを提示した。一方で、SSP受講生にとっては戦略の立案が"Out of Comfort Zone"を実践する貴重な機会になった。住民が感じる地元の魅力と海外から見た魅力とのズレ。高齢者世代である関係者と、若者世代とのコミュニケーションギャップ。あらゆる違いを肌で感じることが、グローバルに闘う際の糧になることを「米子プロジェクト」から感じたに違いない。
地域の再生は、米子市に限らず日本が抱える大きな課題だが、次世代を担う若者にとって、実践的に課題解決力を磨くことのできるテーマであるともいえるだろう。今後の一橋大学で「米子プロジェクト」のような試みが、日本中の地域において展開されていくことが期待される。日本の明るい未来をも育む、グローバル・リーダーを育成するプログラムとして。

プロジェクトの様子1

プロジェクトの様子1

小澤海人さん-プロジェクトの仲間と一緒に

Key Person's Voice

地域が持続的に発展できる観光戦略であることが重要です

吹野博志氏

吹野博志氏

株式会社吹野コンサルティング代表取締役社長
株式会社NGR取締役副会長
株式会社オレガ取締役会長

初めに私の母校での出張授業を依頼した背景からお話しすると、グローバルとは何かを高校生に頭で理解させようとしても無理があります。アメージャン教授にお願いしたのは、存在そのものがグローバルな方に人生そのものを語っていただくほうが、生徒にとって大きな刺激になると考えたからです。体育館に集まった全校生徒を前に、英語を交えて体験談などを話していただきましたが、終了後には留学したいと教員に申し出る生徒が早々に現れるほど、相当なインパクトがありました。

一方で、アメージャン教授も米子市という地域の魅力に触れて感動してくださいました。ぜひSSPの特別プロジェクトを行いたいと申し出があったわけですが、その時頭に浮かんだのが一橋大学の大先輩であり、地元経済界に太いネットワークを持つ永瀬さんでした。今回のプロジェクトを早期実現に導いた最大の功労者で、私は橋渡し役に過ぎません。趣旨を説明したところ快諾され、そこからはとんとん拍子に話が進みました。SSP受講生の旅費や宿泊費を地元で負担し、発表会を行うなら地元経済界に向けてやらない手はないということで、市長をはじめ商工会議所の会頭、地元の経済同友会代表幹事など、総勢50人のVIPにお集まりいただいたことに驚きました。
米子市という地方都市を、どうすれば活性化できるか。私がSSPの受講生に望んだのは、グローバルな視点での課題解決策でした。一方で、米子市に対しても考えて欲しいと求めたことがあります。それは、人がたくさん訪れてくれればいいのか?という観点です。人が押し寄せても、街が荒れてしまうと地元住民の暮らしにはマイナス効果で、目先の利益だけに気を取られて短期的に経済を潤すことが目的になってはいけないと思います。最も重要なことは、地域が持続的に発展できることで、そういう意味でもSSP受講生には、従来の観光戦略に一石を投じるプランを期待しました。

現在、日本の大学生の多くが関東圏の大学に集中し、しかも関東圏で生まれ育った大学生が大半を占めていると聞きます。グローバルと盛んに叫ばれていますが、周りの大人も含めて東京しか知らないようでは、多様性を受け入れることも難しいでしょうし、世界に出て行った時に日本のことを尋ねられても語れません。そういう意味でも「米子プロジェクト」はSSP受講生にとって、地方の魅力と課題を知る貴重な機会になったはずです。また、永瀬さん、アメージャン教授、私、地元経済界の方々といったネットワークの広がりに触れ、人脈がいかに大切で、それは長きにわたる信頼関係から築かれることを知る機会にもなったと思います。
SSP受講生、ひいては一橋大生には、今回のようなプロジェクトをぜひ自ら立ち上げ、成果をどんどん発信してもらいたいですね。そして実現するためにも、一橋大学のネットワークを利用できるだけ利用して欲しいと思います。(談)

Profile

1965年、一橋大学経済学部卒業。1985年、ハーバード大学ハーバード・ビジネス・スクール(経営大学院)上級経営学コース(AMP)修了。デルコンピュータ株式会社代表取締役会長など数々のグローバル企業で経営トップを歴任し、現在に至る。この間、一橋大学非常勤講師、社団法人如水会常務理事等も兼務。

Studen's Voice

米子で学んだことは、とても"グローバル"でした

小澤海人さん

小澤海人さん

商学部3年(SSP第2期受講生)

「米子プロジェクト」で一番印象に残っているのは、価値観の異なる相手に伝えたいことを伝える難しさです。観光戦略の発表会では、地元経済界で活躍されてきた方々にプレゼンテーションしましたが、ほとんどが私たちとは世代が異なる60歳以上の方でした。たとえばプロモーション手法は、海外で話題のキャンペーン手法を持ち込むだけでも米子市を差別化する魅力になると考えて提案しましたが、SNSというワードが出ればその説明から始めなければ理解していただけません。普段は同じ価値観を持つ同世代とのコミュニケーションに慣れているだけに、そのギャップやジレンマは大きなものでした。しかし、それを実感できたことに価値があり、多様な相手と交渉できるよう自分を鍛える貴重な機会になったと思います。

発表を終えて、地元の方々からは新しい視点を提供するという点で高く評価していただきました。一方で、たとえば米子市と結びつきが強い大山エリアの魅力をアピールする案も含めて欲しかったという声も多く聞かれました。これは視察の時からの要望でしたが、観光客に魅力の理解を求める前に、観光客から求められている情報を提供し、まずは注目してもらうことが重要というのが私たちの考えでした。空き家を無料で貸し出す提案を行った加茂川周辺エリアも、地元の方々にとっては当たり前の風景ですが、訪れる観光客にとっては下町の懐かしさを楽しめる魅力的なコンテンツです。提案を実行に移していくためには、相手のニーズに応えることも大切ですが、地元の人々の意識を変えていく必要があると分かったことも勉強になりました。

「米子プロジェクト」に参加して良かったと思うのは、地方の魅力や課題を知ることができたことです。暮らしている人々も、都市のお年寄りと地方のお年寄りでは全く違います。考えてみれば当たり前のことですが、今まで実感できる環境がなかったわけです。グローバルとは、いろいろな価値観を持つことだと思います。その意味でも、米子市で学んだことはとてもグローバルでした。2016年9月から交換留学生としてベルギーの大学で学ぶ予定ですが、現地に入る前の有意義なトレーニングにもなりました。「グローバルを知るなら、日本の伝統や文化を知らないとダメです」。これはSSPが始まる際に聞いたアメージャン先生の言葉ですが、その意味が「米子プロジェクト」に参加してよく分かりました。(談)

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学びの環境