Report
一橋大学・国立台北大学合同ゼミ「比較法と知的財産法」
法学部・法学研究科 グローバル人材育成プログラム
青木ゼミ・長塚ゼミ研究成果発表会
実体験の中でグローバルに学ぶという観点で教育を見渡した時、一橋大学には海外派遣留学制度に代表される実績・評価ともに高いプログラムがすでに存在する。しかし、その多くは"大学"や"個人"を単位に実施されるもので、質の高いグローバル人材育成を加速させていくには新たなステージの拡充が欠かせない。今回取り上げるのは、法学部の試みである"ゼミナール"単位での交流。一般的な海外留学では語学習得が主な目的になりがちだが、"学問"を目的に置き、学生が明確な"目的意識・問題意識"を持って主体的に取り組める点で画期的といえるだろう。どのような経緯からこの試みが実現し、いかにして国際交流が行われたのかレポートする。
2016年 | |
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1月23日(土) | 羽田空港発→台北松山空港着 |
1月24日(日) | 台北大学法律学院主催:歓迎レセプション(北市内) |
1月25日(月) | 青木ゼミ・長塚ゼミ研究成果発表会(新北市・台北大学三峡キャンパス) |
如水会台湾支部主催夕食会(台北市内) | |
1月26日(火) | 経済部智慧財産局(特許庁)・法律事務所見学(台北市内) |
1月27日(水) | 台北松山空港発→羽田空港着 |
日本と台湾が法律学で切磋琢磨する、ハイレベルな交流を可能にした"人間関係"
2016年1月23日から全5日間の日程で実現した『台北大学におけるゼミナール研究成果発表会』。法学部・法学研究科の長塚真琴ゼミナール(知的財産法)と青木人志ゼミナール(比較法)が中心となって合同で実施された。派遣されたのは、研究生1人(但見亮ゼミナール)、修士課程大学院生1人、法学部4年生4人・3年生1人の総勢7人。このほかに、博士課程大学院生2人が、「次世代の法学研究者・法学教員養成プロジェクト」等の補助を受けて参加した。長塚真琴教授とともにコーディネイト役となった法学研究科・青木人志教授に、まずは今回のプログラムが実現した経緯から話を伺った。
「橋渡し役となってくださったのは、一橋大学法学研究科出身で現在は台北大学で教鞭をとる杜怡靜教授と侯岳宏教授です。杜教授(会社法、川村正幸ゼミナール)は、今回の国際交流の実務担当として尽力した長塚教授の大学院時代の同窓とも呼べる間柄です。侯教授(労働法、盛誠吾ゼミナール)は、私が博士論文の審査員を務めた教え子ともいえる人で、現在も研究活動で一橋大学を毎年訪れています。2014年に台北大学から研修団が一橋大学を訪問された際も、お2人と行動をともにし、私と但見亮准教授のゼミナール(中国法)が合同で学生交流会を催すなど親交を深めてきました。その時から、いつか台北大学で国際交流を図りましょうとタイミングをはかっていたわけです」(青木教授)
一橋大学法学研究科出身で、博士号を取得した後に東アジアで活躍し、各国の学界でリーダーとなっている研究者は多いと話す青木教授。中でも、杜教授と侯教授は日本語が堪能で、学術的にもハイレベルなやりとりができるところに大きな価値を感じたという。
一方で、受け入れる側の台北大学にとっても恩恵は少なくない。東アジアの国には、英独仏の法を継受して短期間に近代的な法体系を築き上げ、判例や学説を蓄積してきた日本を先行事例として、自国の法実務や法学を発展させたいという姿勢がみられる。このことは台湾も同じで、法学者の卵にとって日本は、欧米と同等で有力な留学先となっている。そして、法学の研究者を養成する大学の中でも一橋大学の人気は高いという。
法律学におけるグローバルな人材育成のポイントは、どこにあるのだろうか。
「欧米の立法や理論だけに注視していればいい時代は終わったといえるでしょう。今後重要なことは、中国・台湾・韓国との交流を深めることだと私は考えています。というのも、これらの国々の法律学は日本と同じく欧米の法律学を基盤にしており、現在に至っては日本より先進的な部分さえ見受けられます。つまり、同じ土俵で学問的な対話を行いやすく、判例などもお互いの国にとって大変参考になるものが多いのです」(青木教授)
海外に行くことだけではなく、行くための"準備"も実践力を鍛える
ここで、台北大学で一橋大学の学生が発表した内容をご紹介しよう。
最初に行われたのは青木ゼミナールの学生2人による研究発表で、テーマは『比較法の意義と方法論に関する考察』。当日は、"国を越えて各国の法を比較する"という比較法の説明を中心にし、国ごとに大きく異なりやすい家族法を題材に日本と台湾の相違点・類似点を挙げ、法律にはその国の文化的な背景が影響していることを説く発表となった。
続いて長塚ゼミナールは、『日本および台湾における食品の立体的形状の永続的独占の可否─欧州司法裁判所KitKat判決を題材に─』をテーマに、長塚教授による短い解説の後、学生・院生5人が研究を発表。ネーミングやロゴマークではなく、"カタチ"を日本や台湾でも商標登録できるかどうかを論点に進められた。世界的に有名な食品の事案を取り上げることで、知的財産法への関心を高めた。
長塚ゼミナールに所属する台湾人大学院生2人が予め原稿を翻訳し、日本語の発表を逐次通訳した。準備段階から台湾側との連絡役や学生の発表のサポート役として貢献しただけでなく、博士課程の1人は自ら発表もした。
研究成果発表会はつつがなく終了し、台北大学の学生や教員の反響も大きかったというが、その"準備"もまた学生に成長をもたらしたと青木教授は振り返る。
「準備期間は約1か月でしたが、特に研究発表面で長塚ゼミナールの努力を多とします。カタチを見ただけで販売会社を認識できるかWebアンケート調査を実施し、立体形状の商標登録に関する諸判例を調べるなど非常に積極的で本格的な準備をしました」(青木教授)
レジュメや原稿の中国語への翻訳なども踏まえたスケジューリング、航空便や宿泊の準備、台湾の特許庁に当たる機関や法律事務所への訪問の申し込み、プレゼンテーションで使用する機器の手配。そんなプログラムの運営面でも主体的に動いた学生・院生たち。これらも社会に出るための実践的なトレーニングになったはずと青木教授は胸を張る。
学問を目的とした国際交流だからこそ、刺激に満ちあふれ、自信へとつながる
最後に、プログラムを終えての感想を青木教授に伺った。「一番の収穫は、派遣した学生が台湾の学生から"刺激"を受け、研究成果を発表することで"自信"をつける機会になったことです。刺激という意味では、一橋大学内でも普段は顔を合わせることが少ない異なるゼミの学部生や大学院生と、時間をともにできたこともその一つでしょう。一方で、発表の後には台湾在住の如水会の方々が一席設けてくださいました。世代を超えた一橋大学のつながりを体験できたことも、学生にとっては発奮材料になったはずです」(青木教授)
グローバルな新しい学び方として先鞭をつける形となった『台北大学におけるゼミナール研究成果発表会』。青木教授は、台湾に続く対象国として"中国"を挙げた。中国の大学では今、世界中から優秀な人材が集まり、多様な国際シンポジウムが毎日のように開催されているという。"中国=世界"なのだ。具体的には、法学研究科と親交の深い中国人民大学とゼミナール同士の国際交流を模索しているという。ちなみに、中国人民大学では世界中のパートナー校から学生を招待して英語での討論会が開かれており、法学部からも毎年1人学生を派遣しているそうだ。
ゼミナール単位での国際交流は、紹介してきた事例以外にもさまざまな場面で行われている。それぞれをすべて大学で支援するようになる日は、それほど遠くないのかもしれない。
Key Person's Voice
ゼミナールによる国際交流は、一橋大学ネットワークの価値を体感する舞台でもあります
長塚真琴教授
法学研究科
私が一橋大学で教鞭をとるようになったのは2014年で、知的財産法のゼミナールを同時に発足させました。亡き恩師、久保欣哉名誉教授の方法に倣い、学部生も大学院生も、日本人も外国人も一緒に学ぶ場とし、ゼミ構成員の多様性をポリシーにしています。
大学院生の中に台湾出身の法曹資格を持つ留学生が2人いて、いろいろなことを教えてくれたため、ゼミ生は当初から台湾の法や社会への関心が高く、「いつか台湾に行って学んでみたいね」と盛り上がっていたのです。そこで、ともに一橋大学大学院法学研究科出身で当時から親交が深かった台北大学の杜教授にアプローチしたわけです。もともとモチベーションが高かったところに、法学研究科からの財政支援を受けて本当に派遣できることになり、とてもタイミングが良かったと思います。発表・通訳・台湾側との連絡に大活躍した台湾の2人、最も重要な発表を担いつつ前職でお手のものの旅行手配もしてくれた社会人大学院生、卒論や試験と発表を両立させた学生たち。誰が欠けてもこの企画は実現しなかったと思います。
発表会で論点にしたのは"立体形状は商標登録の対象になり得るか"です。名称の商標との違いを説明しながら、立体形状を商標登録したら競合製品にどこまで歯止めをかけられるか、逆に競合他社は何ができなくなるか、話を進めていきました。知らない人がほとんどいないであろうチョコレート菓子「KitKat」の事案を取り上げたことは正解だったと思います。台北大学の学生の反響も大きく、"知的財産法を学ぶ面白さ"を伝えられたという手応えを感じています。
一方で、発表を行った学生・院生にとっては、自分の研究内容を"伝えることの意義"を学ぶ機会になり、ゼミでの学習の "成果物"を残せたのではないでしょうか。また、中国語や英語という言葉の壁を痛感したはずですが、同世代のアジアの学生から受けた刺激は計り知れません。学生たちはゼミの1期生にあたるのですが、ゼミ同窓会の中核を生涯にわたって担うことを約束してくれました。今回の派遣をはじめとする2年間のゼミ生活の思い出や、得られた台湾の人たちとのつながりは、それに値するものだったのだろうと思います。
滞在中は、一橋大学大学院法学研究科に杜教授や私と同時期に在籍した台湾大学教授と弁護士にも、会うことができました。また、但見ゼミナールの若手OBが私費で駆けつけてくれました。これから一橋大学大学院法学研究科で学ぶことを志す、台湾の学生もいました。先人たちが真摯な姿勢で対峙した学問が出会いの場となり、あらゆる世代の人間がつながっていく。それを目の当たりにした学生は、人間関係を丁寧に保ち続けることの価値、ひいては一橋大学ネットワークの強さを肌で感じることができたはず。実り多き今回のような国際交流を、今後も継続していければと思っています。(談)
Studen's Voice
台湾の学生の国際意識の高さに、焦りを感じ、発奮しました
木立 駿さん
法学部4年
青木ゼミに所属している私が発表したのは、比較法についてです。準備期間は約1か月で、使用するレジュメや原稿を用意し、中国語で発表できる準備を整えて臨みました。伝わる発表にするには客観的な視点が必要になりますし、あらゆる質問に答えられないといけません。準備を通じて、自分の専攻や研究内容をより深く理解できるところも、ゼミナール単位でのプログラムの大きなメリットだと思います。
当日は、発表を終えると数多くの鋭い質問がありました。日本に対する関心の高さを感じましたが、一方でアジアの隣国に対して関心が低い自分に気づかされました。そして、最も大きな収穫は、台湾の学生から得た刺激です。何よりも驚いたのは、国際意識の高さでした。台湾では法学を学ぶ学生のほとんどが法曹界を目指すと聞きましたが、誰もが自分の意思を流暢な英語で発信し、日本語が話せる人も少なくありません。そんな同世代の学生を目の当たりにして、私は焦りを通り越して悔しさを感じました。
全日程を終えて誓ったのは、"もっと勉強しよう"ということです。英語の実力をつけながら中国語も学ぶべきですし、アジアも含めて世界の情勢をもっと知るべきだと思いました。モチベーションが一気に上がったのは間違いありません。(談)