学生・企業関係者・教員が一堂に会して、グローバル人材について語り合う
(『HQ』2015年夏号より)
商学部「渋沢スカラープログラム」渋沢スカラー拡大ゼミ レポート
三隅隆司教授
クリスティーナ・アメージャン教授
青島矢一教授
渋澤健氏
蜂谷豊彦商学研究科長
2015年3月16日(月)、如水会館にて、一橋大学商学部・渋沢スカラープログラム(SSP)の「渋沢スカラー拡大ゼミ」が開催されました。参加者は、同プログラムの第1期生及び第2期生、企業関係者、アドバイザリーボードのメンバー、教員の総勢59人。2014年度のSSPの活動を踏まえ、その成果を発信するとともに、今後のSSPの拡充と広報のために学外関係者から知見を得るという目的のもと、さまざまなプログラムが実施されました。今回は、当日のプログラムや会場の雰囲気などをレポートしながら、SSPについて改めて紹介します。
プログラム | |
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開会の挨拶 | 三隅隆司教授(教育担当役員補佐) |
渋沢スカラープログラムの概要説明 | クリスティーナ・アメージャン教授 (商学部渋沢スカラープログラム・ディレクター) |
企業関係者によるパネルディスカッション | ファシリテーター:青島矢一教授(イノベーション研究センター) |
渋沢スカラープログラム第1期生によるパネルディスカッション | |
ワールド・カフェによるオープン・ディスカッション | ファシリテーター:渋澤健氏(コモンズ投信株式会社会長) |
閉会の挨拶 | 蜂谷豊彦教授(商学研究科長) |
企業のグローバル人材像とのすり合わせを行い、SSPの有効性を確認する、大切な機会として
「渋沢スカラープログラム」(ShibusawaScholar Program:以下SSP)は、一橋大学の「グローバル・リーダーズ・プログラム」の一環として行われている、2013年度以降の入学者を対象とした商学部の教育プログラムです。プログラム名に冠された「渋沢」とは、近代日本の経済界・実業界をリードした日本のCaptains of Industryの元祖であり、商法講習所(一橋大学の前身)の創設にも関わった渋沢栄一を指しています。
文部科学省の「グローバル人材育成推進事業【タイプB(特色型)】」に採択された一橋大学の「グローバル・リーダーズ・プログラム」は、教育のグローバル化を推進し、世界水準の教育を提供することにより、真のグローバルリーダーを育成することを目的としています。これを実現するため、商学部、経済学部において、独自の選抜教育プログラムが開始されました。SSPでは、1年次修了時に、GPA(成績評価値)や英語力だけではなく、面接を通じて本人の意欲・資質などを総合的に評価して、優秀な学生15人前後を選抜しています。2014年度は、SSP第1期生に選ばれた、当時商学部2年生の13人が、英語で実施される専門科目やゼミを履修する中で、それぞれが大きく成長を遂げた1年でした。SSP第1期生が1年を通じて履修した科目の中に「渋沢スカラーゼミ」があります。SSPディレクターのクリスティーナ・アメージャン商学研究科教授が担当するこのゼミは、SSPの2年生と交流学生を対象として、さまざまなプロジェクトを通じて、学生の興味関心を拡げるとともに、学生の問題意識を明確化するという大きなビジョンのもとに開講されています。この「渋沢スカラーゼミ」の一環として、プログラムの有効性を確認しながらその成果を発信し、さらに次年度以降に向けて新たな知見を得るために、「渋沢スカラー拡大ゼミ」が開催されました。
参加者は、SSP第1期生及び第2期生から18人、9社からの企業関係者約20人、アドバイザリーボードのメンバー、そして商学部教員です。企業関係者を招いたのは、単に学内のプログラムとして自足するのではなく、企業のグローバル観や企業が求めるグローバル人材像とのすり合わせが必要である、との判断に基づいています。3月は年度末で忙しい企業がほとんどですが、前述の参加状況から、拡大ゼミに寄せる企業側の期待もうかがえます。
会場には8つのテーブルが配置されました。各テーブルは、SSP第1期生・第2期生、企業関係者、教員らが混在する形で構成。開始前から、同じテーブルのメンバー同士で挨拶を交わしたり、名刺交換を行ったりする姿が見受けられました。すでに拡大ゼミのプログラム開始前に、立場や年代を越えてともに考え、意見交換をする雰囲気が醸成されていたようです。
「Out of Your Comfort Zone」あえて外の世界で厳しいチャレンジをするために
SSP第1期生2人の司会進行のもと、拡大ゼミのプログラムが始まりました。冒頭、教育担当役員補佐の三隅隆司商学研究科教授が開会の挨拶に立ち、SSPの人材育成コンセプトについての共有が行われました。
Integrity/Passion(高い志や情熱)を核に、基礎としてのKnowledge(ビジネス、環境などに関する知識)を身につけること。そして、《Crossing Boundaries》(多様性の受容)、《Solving Problems》(課題の解決)、《Building Communities》(コミュニティの形成)という3つの能力を身につけることといったキーコンセプトについて説明がありました。
この挨拶を受け、アメージャン教授によるSSPの概要説明がスタート。
- SSPの学生は、卒業に必要な単位数のうち約3分の1を英語による科目で取得する。
- 英語力の強化は世界と通じるための手段であり、他者(文化、習慣、価値観、性別、世代)受容力の醸成に力を注いでいる。
- 世界的に評価の高い海外の大学への1年間の留学が必須となっており、第1期生13人は全員留学先が決定している。ペンシルベニア大学、カリフォルニア大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、シンガポール・マネジメント大学など、世界のトップ人材が集まる環境に身を置き、自己研鑽を行う。
- One Bridgeセミナーでは、ビジネスや研究の第一線で活躍中の方々を招聘し、年6回程度開催している。少人数のセミナーでともに考え、濃密な討議を行っている。
このほかにも、社会や企業との接点を持つためにSSPの学生が企業を訪問してインタビューを行うフィールドワークや、学部間交流に向けた海外協定校の開拓など、さまざまな取り組みについて説明がありました。
20分間の持ち時間の中で、アメージャン教授がくり返し強調していたのが、「Out of Your Comfort Zone(居心地の良い場所から飛び出そう)」というメッセージです。これはアメージャン教授がオリエンテーションの際に伝えている言葉で、快適な状況に満足することなく、あえて外の世界で厳しいチャレンジをしよう、との意味が込められています。当日の資料では、一つの金魚鉢から別の金魚鉢へ、1匹の金魚が飛び移ろうとしているイラストをもとに、「これこそがSSPのイメージです」と紹介していました。
人事担当者が、自らの経験も踏まえ、企業のグローバル観を伝えるパネルディスカッション
大学からの発信に続き、次のプログラムでは企業関係者からの発信が行われました。商社、食品・調味料メーカー、非鉄金属メーカーなどの人事担当者4人によるパネルディスカッションで、ファシリテーターは一橋大学イノベーション研究センターの青島矢一教授です。
青島教授から質問を投げかけられた人事担当者4人が、自身の実務経験も踏まえ、それぞれの企業のグローバル観を伝える形がとられました。回答を一部紹介するとーー
Q1:グローバル人材とは?
- 「日本以外のどこの国に行っても、同じパフォーマンスができる人」
- 「自分自身を知り、自分というものを持ったうえで、海外の人の中にとけ込んでいける人」
- 「多様性を受容しながら、日本人として、日本について拙い英語でも説明できる人」
Q2:どうすればなれるか。大学在学中にやっておくべきことは何か?
- 「歴史をはじめ、ビジネス以外の話ができるように勉強しておくこと」
- 「海外留学や旅行の経験から何を学び、仕事にどう活かせるかを考え、相手に伝える訓練を積んでおくこと」
- 「自分とは違うバックグラウンドを持つ多くの人と知り合っておくこと」
Q3:SSPの学生たちにメッセージをどうぞ
- 「留学先でたくさんの人と知り合い、20年後にビジネスの世界で戦ってほしい」
- 「志と好奇心を持ってほしい」
- 「就職後のことはあまり意識せず、見識を広げてほしい」
このように多様で、現場感覚あふれるリアルな意見が企業側から発信されました。2015年度から1年間の留学に出発する第1期生。SSPの入り口に立ったばかりの第2期生。そして次年度のプログラムを実施する教員......と、各々が「今後」について大きなヒントをつかんだようです。
SSPの学生による英語を中心としたパネルディスカッションに、大きな進歩を実感
大学によるSSPの人材育成コンセプトの共有、企業からの発信のあとに行われたのが、SSP第1期生によるパネルディスカッションです。
SSP第1期生6人が会場前方に着席。前半はすべて英語で行い、後半は会場から質問を受けながら、内容によっては日本語も併用するという、本人たちには緊張感に満ちたディスカッションとなりました。ファシリテーターのアメージャン教授より「それぞれの夢」について質問があり、「コミュニティをつなぐような存在になりたい」、「アジアのマーケットで活躍できるコンサルタントになりたい」などの回答がありました。会場の後方に控えていた教員の中には、学生の英語によるスピーチを、嬉しそうにうなずきながら聴いている人も。あとでアメージャン教授に伺ったところ、学生はこの1年で大きな進歩を遂げたとのことです。
会場の企業関係者からは、「第二外国語には何を選んだか、またその理由は?」「最近読んだ本で感銘を受けたものは?」などの質問が英語で投げかけられました。想定していなかった質問にも何とか回答しようと英語・日本語を駆使する学生の姿は、前項の企業関係者のアドバイスや期待を体現するものでした。
多世代間の多様性の受容、意見集約を実現させたオープン・ディスカッション
10分間の休憩をはさみ、最後に行われたプログラムがワールド・カフェ(後述)によるオープン・ディスカッションです。ファシリテーターは、コモンズ投信株式会社会長の渋澤健氏が務めました。
渋澤氏は、財団法人日本国際交流センターに入社後、MBAを取得して外資系金融機関に転職。日本国債や為替オプションのディーリング、株式デリバティブのセールス業務に携わり、米国大手ヘッジファンドの日本代表を務めました。2001年に独立し、現在はコモンズ投信株式会社会長の職に就いている方です。渋沢栄一の直系の子孫(玄孫)にあたり、渋沢栄一記念財団の理事にも名を連ねているという縁から、SSPのアドバイザリーボードメンバーを務め、今回の拡大ゼミにも参加されています。
その渋澤氏から事前に配られた渋沢栄一の二つの訓言をもとに、2ラウンドのディスカッションが行われました。第1ラウンドでは、参加者が最初に着いたテーブルでホストであるSSP第1期生を中心に議論します。第2ラウンドでは、ホスト以外の全員が自由に移動し、まったく新しいメンバーで次の話題について議論を行います。最後に、ホストが二つの議論のまとめを全体に発表する、という流れです。これはワールド・カフェと呼ばれ、参加者がリラックスして自分の意見を述べ、相手の意見に耳を傾けるために最適な議論の進行形式とされています。
第1ラウンドのテーマは、「日本が世界に提供できる豊かさとは何か?」。渋澤氏の合図とともに各テーブルの議論がスタート。会場の空気が一気に熱を帯びました。そもそも「豊かさ」とは何か、なぜその「豊かさ」を提供するのかーー。冒頭で触れたように、8つに分かれたテーブルでは、立場や年代を越えたメンバーが率直に意見を交わしていました。
第2ラウンドのテーマは、「世代間の異なる成功体験や価値観から、どうやって新しい価値を創造できるか?」です。第1ラウンドのディスカッションで肩の力が抜けたのか、参加者は次のテーブルにスムーズに移動。新しいメンバー同士による第2ラウンドの議論はすぐに開始されました。
約1時間の議論を通して、第1ラウンドについては「目に見える豊かさと、目には見えない豊かさを認識することが大切である」、「物質の豊かさが精神の豊かさにつながり、相手を理解しようとする能動性が生まれる」、「企業が進出して雇用や教育の場を提供する」などの報告がありました。また第2ラウンドについては「違いを受け入れることでほかの世代を理解することができる」、「違いを見つけることで相手に対する興味が生まれる」など、SSPにおける《CrossingBoundaries》《Solving Problems》《Building Communities》という3つのキーコンセプトにもリンクする意見が、参加者から提示されました。
渋澤氏から、「利己と利他は別物ではなく、利己がーーたとえば子どもの教育のようにーー時間の経過とともに利他につながる」「『幸せになりたい』という共通の土台をつくれるかどうかによって、多様性をどう活かすかが見えてくる」というまとめの言葉を受け、オープン・ディスカッションは終了しました。
企業が求めるグローバル人材を意識しながら、今後も社会に向けてSSPの成果を発信する
最後に、蜂谷豊彦商学研究科長より閉会の挨拶がありました。その中でSSP第1期生はもちろん、実は拡大ゼミ当日にSSP選抜試験の合格が伝えられたばかりの第2期生への大きな期待とともに、今回の拡大ゼミで学生・企業関係者・教員が同じ空間を共有した意義深さについて触れていました。
SSPが独りよがりのプログラムではなく、企業社会が求めるグローバル人材の育成を目的としたプログラムであること。そして、そのためには今回のような企業関係者の協力が今後も不可欠であること。その点が改めて強調されていました。そしてプログラムの有効性を確認し、さらに次年度に向けた知見を得ながら、今後も社会に向けてSSPの成果を発信していくというアナウンスメントとともに、「渋沢スカラー拡大ゼミ」は幕を閉じました。