世界に出て自国の魅力を再認識するのもグローバルな人材に必要とされること
- 商学研究科博士課程劉 佳さん
(『HQ』2014年秋号より)
チーフエコノミストを目指すなかで選んだ研究に集中できる一橋大学の環境
大学院商学研究科の博士課程に取り組む中国からの留学生、劉佳さんが初めて日本を訪れたのは2007年。中国の華東師範大学修士課程の1年次に、日本の投資銀行でチーフエコノミストの助手となるインターンシップを約2か月間経験した。その際に「将来チャンスがあれば日本に留学したい」という思いを抱いた劉さんは、大学卒業後に証券会社でのアナリストの仕事を経て、念願の日本留学を果たした。
「仕事をしながらだったので十分な準備ができていたわけではありませんでしたが、ちょうど日本の大学への留学に奨学金が出るプログラムがあったので、そのチャンスを活かして留学しようと決意しました。日本語が挨拶程度しかできなかった状態から半年間必死に勉強して、一橋大学大学院商学研究科博士課程に合格することができました」
劉さんは、華東師範大学では商学部に在籍し、学部では国際経済と貿易、修士課程では金融を専攻し、卒業後は証券会社のアナリストとして銀行業界を中心とした分析を担当。そのなかで彼女は、チーフエコノミストとして活躍することを目指すようになったのだが、そのポジションに就くために博士課程で学ぶことが必要となった。そこで、中国ではより重要視される海外での学位を取得することを決めたわけだが、数ある大学のなかから一橋大学を選んだ理由について、劉さんは次のように説明する。
「インターンシップで来日した際に仲よくなった日本人の友だちに、あるとき"将来留学する場合、どの大学がいいか"と聞いたことがありました。勧めてくれたのが、東京大学、慶應義塾大学、そして一橋大学でした。東京大学や慶應義塾大学も魅力的ではあったのですが、都心にある大規模な大学というイメージが強かったんです。一橋大学なら、静かな環境のなかで勉強や研究に集中できると思い、留学先に選びました」
もともと静かな環境が好きだという劉さんは、学生の人数や学校としての規模という面からも自分に最適な場であると判断し、一橋大学を留学先として選択した。そして実際に入学した後、充実した研究を進めるうえでのさまざまな魅力を実感したそうだ。
「マーキュリータワーのような、研究のためのスペースが充実していることにまず驚きましたし、学生と教授、事務局の方々との距離が非常に近いという点にも感動しました。留学生である私たちをつねに全力でサポートしてくれますし、必要なときにはすぐに相談することができる関係性はとてもありがたかったです。研究に取り組む環境として、この一橋大学を選んで本当によかったと感じています」
学業以外の活動にもチャレンジし自国とは違う文化を体験した学生生活
留学を決めた段階ではまったく日本語ができなかったという劉さん。その国の言葉が理解できない状態で外国に行き、しかも博士課程というハイレベルな勉強・研究に取り組む。そのことに対する不安は感じなかったのだろうか。
「とにかく勉強したいという気持ちが強かったので不安はありませんでした。でも、私は仲のいい友だちと過ごす時間が何よりも好きだったので、寂しさは感じましたね。そんな思いもあったので、一橋大学に入ってまずは友だちをつくる目的で経済学研究会というサークルに参加したのですが、その活動を通して日本語も上達しました。今、一番仲のいい友だちとはそのサークルで出会うことができましたし、とても貴重な体験だったと思います」
日本に比べ、中国では就職の際に大学での成績を重視する傾向にあるため、一般の学生が在学中にサークルやクラブ活動に参加することはほとんどなく、劉さん自身も華東師範大学在学中は"勉強ばかり"だったという。成績と同時に、英語の資格取得が卒業の条件となり、またパソコンのスキルを問う試験の結果が就職に影響するため、勉強以外の活動に時間を割く余裕がなかったそうだ。一橋大学に留学後は、勉強だけではなくさまざまな活動を通して見聞を広め、そして人間関係を築きながら学生生活を送る文化に触れ、劉さんは研究以外の活動にも積極的に挑戦した。
「研究に行き詰まったときに運動でリフレッシュできると思って、卓球部にも入ってみました。あまり激しくないスポーツというイメージで卓球にチャレンジしたのですが、これが大間違い。想像以上に難しくて全然上達しませんでしたし、みんなに"中国の人でも卓球が苦手な人がいるんだ"と驚かれました(笑)。そんな恥ずかしいエピソードもありましたが、中国と日本の違いを知ることができました。日本では、たとえばサークルでリーダーをやっていました、運動部でいい成績を挙げました、という課外活動での実績のアピールによって就職が有利になるということもありますよね。成績だけが重視される中国とは、違う世界がここにはあると実感したんです」
楽しみながら研究することの大切さそして自分が本当に好きなことに気づいた
大学卒業後の就職の際には、学生時代の成績が厳しく問われるという中国の現状を説明しながら、劉さんは大学よりも高校時代の環境はさらに厳しいものだったと振り返る。劉さんが通っていた高校は、90人が在籍するクラスが一学年に25もあるマンモス校であり、そのなかで学生たちが進学を目指すという競争社会だったそうだ。授業は朝から夜の9時過ぎまで組まれ、休みは日曜の夜のみ。地域によって違いはあるものの、中国のビジネスパーソンのほとんどがそれだけの厳しい環境を経験してきているということだ。中国の高校・大学を卒業し、非常に激しい競争社会を勝ち抜いてきた劉さんに、日本の学生に対してどのような印象を持っているかを聞いてみた。
「決してレベルが劣るということはありませんし、優秀な学生が多いという印象です。日本の学生も、小さい頃から塾に通って厳しい受験を経験してきているわけですから、それは当然だと思います。何よりも、一橋大学の研究者や大学院生、特に博士課程の学生たちを見て私が感じるのは、みんな"好きだから研究する"というスタンスで取り組んでいるということ。中国では、ちゃんと勉強すれば国のためになる、あるいは家族のためになる、高いお給料がもらえる仕事に就ける、という理由から、苦しい勉強でも頑張るという学生がほとんどだと思います。でも日本の学生は、国のためでも家族のためでも、もちろんお金のためでもなく、自分がやりたいから勉強や研究をやっていると感じさせられます。これはとても大きな違いなのではないでしょうか」
大学院での研究に関して、日本の学生のほうが夢中になって取り組んでいると感じることが多かったという劉さん。心から楽しめるかどうかで、研究の成果にも違いが出ると語る彼女は、留学中に日本の学生と接することでそうした違いに気づいたと言う。そして劉さん自身も、経済の研究が心から好きであるということを改めて確認できたそうだ。
「ほかの学生に比べればその度合いは低いかもしれませんが、やはり私にとって一番好きなことは経済の勉強であり研究なんです。それに気づくことができたのも、この留学の大きな成果かもしれません」
日本の学生に必要だと感じたグローバルな人材への第一歩とは?
大学院の博士課程を修了しようとしている劉さん。まさにグローバルな人材となるうえでの苦労を経験してきた彼女は、来日した当初のことを思い返す。
「最初は、日本人と友だちになるのがとても難しかったのを覚えています。留学生である私は、積極的に声をかけながら、なるべく多くの人と友だちになろうとしたのですが、日本の学生たちにはどこか"照れ"みたいなものがあって、あまりコミュニケーションを取ることができなかったんです。あるとき、サークルのことや部活のことを教えてもらうために、男子学生に連絡先を教えてと頼んだら逃げられてしまったこともありました(笑)」
劉さんの体験として、クラスにいた留学経験者とはすぐに打ち解けることができ、お互いに気持ちが通じ合った一方で、海外に出た経験のない学生とは友だちになるのが難しかったという。このことは、今後社会に出る日本の学生にとっての課題だと言えるのではないだろうか。ビジネスの世界においても、従来の国内で完結できていた時代から、海外に積極的に出ていくことが必要とされる時代へと変化し、グローバルな舞台で活躍する人材が求められている。その状況のなかで、世界に出てあらゆる国の人々と関係性を築くには、"照れ"を感じることなく、より積極的にコミュニケーションを図っていく姿勢が必要となる。
「日本の学生はみんな優秀ですし、優しい心を持っていると思います。大事なのはその優しさを表に出すことなのではないでしょうか。特に男性には、照れずに頑張って、と言いたいですね(笑)」
たとえば、劉さんという留学生と接することで、中国の学生がどんな受験競争を経験して社会に出ているのかを知ることができ、自分が好きだと思えるから研究に打ち込めるという日本の学生の強みを伝えることができる。関係性を築くことで他国の状況を理解し、自国の誇れる特徴を再認識できるという、まさにグローバルな視点を養うチャンスがそこにあるということだ。劉さんの言葉は、他国の人々に対する優しさを発揮しながら積極的に接することが、グローバルな人材になるための第一歩だということを表しているのではないだろうか。
留学を通して得たチャンスと自国を外から見ることができた経験
一橋大学への留学により、数多くのチャンスをもらえたと語る劉さんは、思い出に残る二つの経験について語ってくれた。
「研究のチャンスだけではなく、一橋大学でいろいろな経験のチャンスを得ることができたと思っています。2013年には、アメリカ・バージニア州にあるジョージ・メイソン大学に客員研究員として短期滞在することができました。その滞在期間中にアメリカでも友だちができたことで、英語も上達しました。経済の世界で非常に重要な学会にも参加できました。もう一つ印象的だったのは、イノベーション研究センターの西口敏宏先生の通訳としていろいろな国を訪れて、世界で事業を展開する中国の中小企業の研究に触れられたことです。自分の国の人々が世界を舞台に頑張っている姿を見て、すごく感動しました。とても貴重な体験をさせてもらえたと思っています」
博士課程を終え、中国に帰国した後の進路についてはまだ検討中だという劉さん。彼女は、一橋大学への留学で得た経験や気づき、そして外から見た自国の魅力に対する再認識を糧に、今後もグローバルな人材としての成長を続けるのだろう。(談)