グローバルとは、自分の場所が広がり、人を知る喜び。そこに終わりはありません
- 社会学部4年上野貴彦さん
(『HQ』2013年夏号より)
スペイン企業「ベルヘ社」へのインターンシップで、スペイン人の温かさにふれた
地中海の国々、特にイタリアの歴史や言語に、なぜか惹かれていた。その興味が「行きたい」という思いに変わったのは、高校時代。語学を学ぶために外国語大学の受験も考えたが、社会科学のディシプリン(学科)を学ぶことで、より深いかかわり方ができるのではと、一橋大学に進学した。上野さんは、入学当時から一橋大学の留学制度に関心があり、思いを現実にできる仕組みとして注目していたという。
「僕が入学した当時は、まだイタリアに提携大学はなかったのです。それなら地中海と接点のあるフランスへの留学を目指そうと、1年次はフランス語を履修しました」
上野さんの海外渡航の夢は、2年生のときに実現することになる。一橋大学が提携するスペイン・マドリードのベルヘ社での5週間のインターンシップ・プログラムに参加することになったのだ。ベルヘ社は海運業からスタートした企業で、スペインの非上場企業のなかでは第二の規模を誇る総合商社である。
「ベルへ社では、新しい会計ソフトのマニュアルをつくるという仕事を体験しました。スタッフとのコミュニケーションは原則英語。ほかのメンバーは帰国子女が多く、不自由なく話していましたが、僕はそこまで英語が得意ではありませんでした。もっぱら独学で習得したスペイン語で頑張りました。結果的にはいい経験でしたよ。スペイン語のブラッシュアップにもなったと思います」
そして上野さんは、あの「3・11」をマドリード滞在中に迎えた。未曾有の災害はスペインでも大きく報道され、津波の映像が繰り返し映し出された。ショックを受けた上野さんら日本人に、スペイン人のスタッフは温かく接してくれた。
「本気で同情し、心から心配してくれました。彼らの温かいハートにふれたことは、忘れられません」
ローカルな独自性を持ちながら、開放的。幸福に対して明確な自分軸を持つ人々
また、ベルへ社へのインターンシップ経験後に、イタリア・トレント大学へも留学することになる。「1年遅れると就職に不利になるかもしれない」との思いが、頭をかすめはしたが、イタリアへの留学を経験したいという気持ちのほうがずっと強かった。
「イタリアは経済が停滞し、財政的に厳しいですよね。それを否定的にみる日本人も多いと思います。その一方でスローフードの考え方、幸福指数の高さなど、イタリア人の生き方への共感もある。これはどういうことなのだろう?イタリアとはどんな国なのだろう?と、自分の目で確かめたいと思いました」
トレント大学へ書類を送ったが、お国柄なのか、どんな教科が学べるのか、どのような準備が必要かといった情報がなかなか届かなかった。だが、焦りはなかったという。それもイタリアという国の一面。情報はインターネットで集められるし、イタリア語の準備をする時間が増えたと思えばいい、と。
「イタリアに詳しい先生が、いろいろとアドバイスをしてくれました。週末は避けて到着したほうがいいということでしたので、月曜日に出発したのですが、ミラノの空港に着いたら、市街地へアクセスする電車がストライキで止まっていました(笑)」
上野さんが留学したトレントは、ミラノよりもオーストリアのほうが近い北部の都市。大学と連携した地場産業が発展しており、留学生を含めさまざまな国の人々が生活している。その一員として過ごし、地域とのかかわりが増えるうちに、イタリアという国の個性が実感として感じられるようになった。
「地域の独立性の高い、クローズドな社会ですが、門戸を閉ざしているわけではないのです。たとえば、祭りですね。外国人もウェルカムどころか、呼び込んでくれるのです。ブラジルからの留学生がいたのですが、体格のよさをかわれて祭りで重要な役を割り当てられました」
街角の店やカフェでも、スペイン語圏の人のスペイン語のオーダーに、店員がイタリア語で応えるといった光景は、ごく普通のこと。人々の肌合いも、西欧的な合理性とはやや違う。自分の生活スタイルに愛着があり、故郷がナンバーワンという誇りを持っている。
「『大都市や富もいいだろう。でも、オレは仕事帰りにお気に入りのバーで一杯やる毎日が一番だね』というような大らかさ。それまで漠然としか理解していなかったスペインとイタリアの違いが、イタリアで暮らすうちに、はっきりと見えてきました」
学業ももちろん大切だが、留学の成果はそれだけではない。その地に暮らすということ、その行為自体が何かを変えるきっかけになると上野さんは思っている。
「街の雰囲気や、トレントの人の喋り方など、言葉にしがたい何かをつかむ感覚が身についた気がします。実際、帰ってきてからは国内を旅しても、小さな違いに敏感に気づけるようになりました。気づきは理解への第一歩だと思います」
留学とは、人とのふれあいを楽しむ体験。僕のなかで、留学は永遠に終わらない
学生の特権とヨーロッパの主要都市にアクセスしやすい利便性を活かして、上野さんは積極的に行動範囲を広げていった。デュッセルドルフでは現地で活躍する如水会OB・OGの歓待を受け、一橋大学の精神を改めて感じた。トレントでは村上春樹作品を初めてイタリア語に翻訳した、ジョルジョ・アミトラーノ氏と話をする機会を得た。
「自分がいる場所、友だちや知り合いがいる場所が、シームレスに広がっていること。それがグローバルだと思います。もう一つ強く感じたのは、留学は終わらないということ。物理的・時間的な区切りはついても、問題意識は現在につながっているのです」
たとえば、学生の交流パーティーで、留学生がなかなか打ち解けられない光景などを見ると、自分自身の体験と重なり、友だちを紹介してあげたいという気持ちになるという。
「人をより深く知ると、人を知る楽しさがさらに深くなることも、留学で実感したことですね。しかし、留学は特別なことではないし、勧められたからと受け身で行くものでもないと思います。興味を持った段階で、留学は始まっている、と僕は思います」
上野さんは今、留学と留学生を支援する組織「HEPSA(HitotsubashiUniversity Exchange ProgramStudents'Association)」の学生事務局長を務めている。学生が留学するときや帰国したとき、キャリア形成の際など、さまざまな面からサポートする役割を担っている。さらに国際社会学に興味を持ち、地中海諸国の移民問題を専門的に学ぼうと思い始めている上野さん。卒論もあって忙しい日々だが、事務局の仕事にもフルにかかわっていくつもりだ。