どこにいても自分自身でいられる。それが私にとってのグローバルです
- 社会学部4年岡部由依さん
(『HQ』2013年夏号より)
きっかけは、『ハーメルンの笛吹き男』。ドイツ史を学びたくて一橋大学へ
2011年7月、2年生の夏休みを迎えた岡部さんはドイツ中部の古都、ワイマールへ旅立った。高校時代にめぐりあった1冊の本、阿部謹也教授(故人)の『ハーメルンの笛吹き男』が彼女にドイツ史への興味を持たせ、一橋大学を選ぶ動機にもなった。ワイマール・バウハウス大学への1か月間の短期留学は、そんなドイツを体験する絶好の機会であり、1年間学んだドイツ語を活かしてみたいという思いもあった。
「ゲーテの故郷であるドイツの街にふれたかったし、現地でドイツ語を試せたらいいなと、軽い気持ちでした。でも、写真ではよく知っていたはずなのに、街や建築物のたたずまいにまず圧倒されてしまって......。カルチャーショックでした」
圧倒されたのは、街にだけではなかった。買い物ぐらいはできるはずだと思っていたドイツ語が、うまく通じない。それではと英語に切り換えようとしたが、全くといっていいほど話せなかった。「ドイツ人の学生が笑顔で話しかけてくれても、満足に答えることができなかったのです。この答えられない日本人が私なのか?と、自分が情けなくて、ひたすら惨めでした」
留学生のためにと、ダンスや歌を楽しむ交流プログラムも用意されていたが、心から楽しむことはできなかった。それでも、自分を見つめているうちに、少しずつ気持ちが変わってきた。
「英語はコミュニケーション言語なんだと、当たり前のことを実感し、もう一度トライしようと思うようになりました。何より、グローバルって何だろうと、深く問い質すきっかけになりました」
孤独と闘ったケルン大学での3か月。自分を鼓舞したことで、風景が変わった
悔しい経験だったが、それが次のステップへの土台になった。もう一度ドイツへ行き、さまざまな地域を見てドイツの歴史を感じたい。グローバルとは何なのか、自分なりの答えを見つけたい。このように決心した岡部さんは如水会の留学制度に応募し、2012年2月、再びドイツへと向かった。留学先は、ケルン大学。4万人を超える学生が通う、ドイツを代表する大学の一つである。
「それでも、最初の3か月はきつかったですね。英語で学ぶサイコロジカル・マーケティングや、ドイツ語で日本について学ぶヤパノロギーなどの授業を取りましたが、ついていくのがやっとでした。ケルン大学の授業は、講義と実習が組み合わされた形式で、プレゼンテーションやディベートも多かったのですが、なかなか思うように発言できませんでした。寮でも最初は挨拶を交わすくらいでした」
岡部さんが滞在していた寮は、ドイツ人一家が自宅の1・2階を留学生に貸すという珍しい形式。韓国、ブラジル、ノルウェー、エチオピアと多国籍の学生が同じ屋根の下で暮らしていた。大学でも寮でも、自分からコミュニケーションを取らなければ、人とふれあい、理解しあう機会は生まれない。
「日本語を使う機会もありません。1人きりなんだと、孤独を感じました。でも、あるとき、1人なのは自分の責任だと思い当たったのです。じゃあ、一から始めよう、自分から話しかけようと、留学生のためのコミュニケーション・パーティーに1人でも行くことにしました。最初は緊張しましたが、アジア圏の学生とは音楽やドラマなど、共通の話題から打ち解けていくことができました。話しかけることが重要なのだと実感しました」
海外では日本のように、言わずともわかるということはない。自分が言いたいことを、できるだけシンプルにわかりやすく伝えよう。そう決めたときから、コミュニケーションの歯車は一気に加速し、スムーズに回り始めた。
「わからないことは曖昧にしてはいけないと、当たり前のことを学びましたし、語彙が豊富で表現の美しい日本語のよさに改めて気づきました。シンプルにわかりやすく、を実践したせいか、不思議なことに日本語力もアップ。就活でも役立っています(笑)」
言葉や生活習慣の違いに縛られず私らしく大学生活を楽しむ
彼女を成長させたもう一つのきっかけは、春学期が終わったあとの長期休暇に、台湾の女子留学生とスペインへ旅行したことだった。親しくなったとはいっても、異なる文化や習慣のなかで育ってきた相手と、昼夜を共に過ごすことができるのかと、最初はためらいもあったという。
「一緒にきれいな景色を見て、美味しいものを食べて、旅先で面白い経験を共有する。そんな普通のことを普通にできたことで、意識がはっきりと変わりました。この経験は、私にとって大きなターニングポイントだったと思います」
ドイツに戻り、秋学期が始まった頃には、一橋大学で過ごしていたときのような普通の大学生らしい日常生活が送れるようになっていた。友だちも増え、ケルン大聖堂に代表される古都の顔と、活気のある便利な近代都市の顔を併せ持つケルンの生活を楽しめるようにもなった。
「授業も以前より楽しくなりました。英語がすんなりと耳に入ってくるようになって、先生はこんなにわかりやすい英語で話してくれていたのだと気づきました(笑)」
気持ちにゆとりが出て、授業そのものから新しい気づきを見出せるようにもなった。
「たとえば、進め方。日本では、終わった議論をもう一度蒸し返すのはNGといった暗黙の了解のようなものがありますよね。でも、ケルン大学ではそうではありませんでした。誰かがもう一度似たような質問をしたことから、新しい、有意義な議論が始まることもよくあるのです。小さなことかもしれませんが、とても印象深い経験でした」
留学を経験すると何かが変わる。私の場合は、自己成長だった
今年の2月に帰国した岡部さんは今、卒論の構想を少しずつまとめながら就職活動をしている。1年遅れとなるが焦りはない。大学院への進学も含めて、この先どう舵を切るのか、行き先をしっかり見つめ納得のいく選択をしようと考えている。
「度胸がついたのかもしれません。焦りは感じなくなりました(笑)。今振り返ると、日本だから、外国だからということを意識しすぎていましたね。日本にいる私が世界のなかでも同じ私でいること、これがグローバルということなんだと思います」
留学という経験をすれば必ず何かが変わる。新しい自分、あるいは殻を破り、成長した自分に出会うことができる。もっともらしい理由なんてなくてもいい。学生は、気軽に世界へ飛び出していったほうがいい。今、岡部さんは本気でそう思っている。