社会学部 哲学/大河内泰樹ゼミ

(『HQ』2017年春号より)

大河内泰樹教授

大河内泰樹教授

哲学を通じて、物事の本質を自ら考え、自らの言葉で語る力を養う

哲学と聞くと、難解な内容や禅問答のような議論を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、大河内ゼミの特徴を知れば、その印象は変わるはずだ。人間はどうして戦争をするのか?といった問いに対して、ある答えを導き出すことのみが哲学を学ぶ目標ではない。社会生活の中で直面する問題の本質を、〝自分で主体的に考え、自分の言葉で発言する〟能力を養えるところにこのゼミの魅力がある。哲学者たちが数百年前に説き、伝えたかった本質を解釈していくゼミ活動は、あらゆる局面で社会をリードする実践的なトレー二ングにもなる。

それは、あらゆる社会で汎用性の高い哲学

哲学といってもカテゴリーはさまざまで、国や宗教、学問分野などによって多岐にわたる。その中でも、大河内ゼミが中心に扱うのは〝社会哲学〟というカテゴリー。社会学部という傘の下にある学問だけに、身のまわりで起きている社会問題や人間行動を広範囲にフォーカスする。哲学初心者にとってもハードルは低く、親しみやすいはずだ。学生の指導にあたる大河内教授に話を聞いた。
「社会現象を題材に、哲学そのものを理解する。哲学を活かして、社会現象の本質を解き明かす。どちらからのアプローチも可能で、社会を深く知るうえでとても役立つと思います。社会生活の中で問題に直面した時、対症療法的な解決策をとることもできます。しかし、起きている物事を一歩深く理解することはとても重要です。既存の制度や価値観に疑問を投げかける。社会に適応していることが正しいのか、そもそも正しくないのかを見極める。つまり、根本から問い直す力を養えるところに哲学を学ぶ魅力があると思いますし、このような機会は大学時代を逃すとなかなか持てません」
大河内ゼミで学べる哲学は、あらゆる社会で汎用性の高い哲学ともいえるだろう。

ゼミ授業風景1

ゼミ授業風景2

興味や好奇心からこのゼミを志望する学生も多い。まずは哲学に興味を持ち、学ぶ楽しさを味わうところから。

純粋に学ぶ楽しさを味わう、というゼミの選択肢もある

大河内教授はドイツ観念論の研究者だ。特にヘーゲルを出発点とした近現代哲学に取り組み、高等教育政策や労働問題などの社会問題にも関心を持つ。また、キャンパスがある国立市内で 〝哲学カフェ〟も開催するなど、哲学への興味を広める活動も精力的に行っている。哲学研究者のイメージが変わるようなプロフィールだが、学生時代は政治学を専攻していたという。学ぶうちに政治思想に興味を抱くようになり、その考え方や本質を探るために哲学を大学院で研究したという経歴の持ち主だ。
「哲学には、哲学者の思考プロセスを辿る面白さもあるのです。そこでゼミでは、学生から西洋哲学の古典の中で興味のあるものを挙げてもらい、テキストとして使用しています。原文を輪読しながらディスカッションし、哲学的な物事の考え方を学んでいくことが活動の中心です。カントの『純粋理性批判』、キェルケゴールの『死に至る病』、ロールズ『正義論』などをこれまで取り上げてきました。現在はジャック・デリダの『声と現象』を読み解いているところです」
この道のりの中で学生は議論を重ね、著者である哲学者が伝えたかった本質を解釈。〝自分で主体的に考え、自分の言葉で発言する〟能力が養われていくと話す大河内教授。3年次の後期には卒業論文のテーマが決定され、4年次には執筆に向けた研究発表が実施される。夏休みには1泊2日程度の合宿も毎年実施されるが、ゼミにはどのような志向の学生が所属しているのだろうか。
「社会学部の学生ですから、もともと哲学を研究するために入学してきた学生はほとんどいません。このゼミの学生も、興味や好奇心から志望したケースがほとんどです。子どもの頃に抱いた素朴な疑問を、今も持ち続けている。そんな人は楽しめるゼミだと思います」
卒業後の進路については、メーカーや銀行を希望するケースが多いという。
ゼミ活動に、目指す職業に就くうえで直接役立つスキルを求める学生もいれば、純粋に学ぶ楽しさを味わいたい学生もいるだろう。大河内ゼミの学生は明らかに後者だ。しかし結果的に、物事の本質をとらえて行動に移すという実践力を身につけ、卒業後はビジネス社会で活躍している。この事実もゼミを選ぶ際の参考にしてほしい。

ゼミ授業風景3

ゼミ授業風景4

哲学初心者にも学びやすいよう、身近な社会問題や人間行動に広くフォーカス。
結果的に、問題の本質をとらえる力が身につき、社会を深く知ることにつながる。

Student's Voice

世界中の優秀な学生と対等に闘えた自分に、自信を持ちました

山口凌太さん

山口凌太さん

社会学部3年

私は高校時代、倫理という科目が好きでした。ただ、用意された答えを学ぶ科目ですから、発展的な面白さはないわけです。似て非なる哲学に興味を持ったのは、答えのない学問だからです。解釈したり、言語化したり、受容することを求められる点にも魅力を感じました。
ゼミを選ぶ際のポイントに置いたのは、将来役立つスキルが身につくかどうかよりも、学問として面白がれるかどうかでした。純粋に興味のあることを探究するという贅沢な時間の使い方は、社会に出たらできないと思ったからです。哲学は最も大学らしい学問の一つだと思いますし、扱うテーマが幅広い社会哲学を中心に学べると知って、大河内ゼミを志望しました。
哲学は、1人で黙々と学ぶとなると気が重いものです。しかし、ゼミなら集まる学生皆で議論しながら学べますし、先生の解釈を参考に理解も深められます。学年を問わず学生も大学院生も同じテーブルに着き、西洋哲学の古典を1年に1~2冊のペースで読み解いていくのが大河内ゼミのスタイルですが、とにかく楽しいです。気づけば3時間以上も議論が続いていた、という日も少なくありません。
人それぞれの解釈に触れ、世界観がどんどん広がる。そこに哲学を学ぶ面白さを感じています。思考を柔軟にするトレーニングにもなるので、将来役立つ基礎力が身につくゼミでもあると思います。常識にとらわれず物事を見つめてみたい。ユニークな考え方や発想に触れたい。そんな人に大河内ゼミはお薦めです。(談)

一番の魅力は、自分とは異なる視点を知り、深く語り合えること

カン・ユージン(KANG, Yoojin)さん

カン・ユージン(KANG, Yoojin)さん

社会学部4年

私が敬愛するギリシャ出身の小説家ニコス・カザンザキスの精神世界に触れたいというのが、大河内ゼミを選んだ理由です。カザンザキスが愛したのはイエス・キリストとニーチェでした。ドイツの近代哲学者であるニーチェの思想を深く探究するなら、ドイツ概念論や近代社会哲学を専門とする大河内先生のゼミしかないと思ったのです。
大河内ゼミの魅力は、教員も学生もともに議論を交わせる風土があることです。議論を重ねる中で、どのような問いに対しても答えは一つではないことが分かります。多様な視点が身につき、深い他者理解にもつながります。またゼミではさまざまな哲学書の輪読を行いますが、読み進めるうちに文書を論理的に分析して理解できるようになりました。それまで私は、文章は直感的に理解するほうでしたので(笑)。
私にとって「哲学を学ぶ」とは、自分の中にある信念を確認することでもあります。世の中は多様性で溢れており、自分の価値観だけで生きることは困難です。だからといって人の考えに流されてしまうのも本意ではありません。混沌とした世界をしなやかに生き抜いていく。哲学に触れながら、自分を磨き続けていきたいと思います。(談)

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