一橋大学は、社会科学の研究総合大学として、国際的視野を備え、広く経済社会に貢献する人材を育成しています。

社会科学の研究総合大学

一橋大学の大きな特色として、まず第1に挙げられるのは、我が国で最も伝統のある社会科学の研究総合大学として、常に学界をリードしてきた長い歴史と実績です。この伝統を受け継ぎ、人文科学を含む広い分野で、豊富な教授陣が新しい問題領域の開拓と解明を推進するとともに、世界で活躍する人材を育ててきました。
商学部、経済学部、法学部、社会学部の垣根が低く、学生が他学部の開設科目を柔軟に履修できることも、本学のよき伝統のひとつです。

ゼミナールを核とする少人数精鋭教育

第2は、本学の特長であるゼミナールを核とする少数精鋭教育です。ゼミナール制度は、一橋大学が我が国で最初に導入したものであり、必修であることと、平均6~7人程度の少人数で行われているところが他大学とは異なる一橋大学の特長です。

卓越した人材の輩出

第3は、140年あまりの歴史を通じて卓越した人材を各界に輩出してきたことです。卒業生の内定率は毎年97%を超えており、内定先も大企業、有力企業がほとんどです。これは一橋大学の出身者が常に産業界のリーダーとして活躍してきた実績によるものであり、卒業生との縦のつながりの強さを立証するものであります。
また、大企業・有力企業への就職者のみならず、国家公務員(総合職)など各種国家試験においても好成績を記録しています。なお、2017年度における法科大学院修了生の司法試験の合格率は、対受験者合格率において総合2位でした。

充実した図書館

第4は、附属図書館です。全国の国立大学図書館では数少ない例ですが、中央図書館に図書、雑誌等資料を集中化しており、資料分散型図書館に比べて情報アクセスの利便性が格段に高くなっています。図書201万冊、17,180タイトルの雑誌、データベース約65種、電子ジャーナル約17,250タイトルを利用できます。

自然環境に恵まれた美しいキャンパス

第5は、自然環境に恵まれた美しいキャンパスです。国立駅から真っすぐ伸びる大学通りを挟み、東西に、クヌギ、アカマツ、コナラなど武蔵野の雑木林に約53種の野鳥が生息する貴重な緑が広がる国立キャンパス(約30万m2)があります。正門を入ると中央にフランス式庭園。それを囲んで、創建1927年の兼松講堂をはじめ、図書館時計台棟、本館など90年以上の時を刻んできた歴史的建造物と緑豊かな自然が調和して、独特の景観を造りだしています。
また、この緑地を維持管理するため、卒業生・学生・教職員が一体となった一橋植樹会が、月1回整備作業を行い、「魅力あるキャンパス」を次世代に継承しています。

キャンパスの四季

多様なニーズに対応した大学院教育

第6は、大学院教育が充実していることです。修士課程では、①研究者養成の第一段階としての役割、②高度専門職業人の養成、③市民の多様なニーズに基づく高度な学習需要に対応し、従前の修士論文の作成とは異なりコースワークの遂行を重視する教育の導入も行われています。
博士課程では、創造性豊かな優れた研究および開発の能力を持って、研究・教育機関の中核を担う研究者、あるいは、研究能力と教育能力を兼ね備えた大学教員を養成してきました。さらに近年では、研究・教育機関ばかりでなく、企業経営、ジャーナリズム、行政機関、国際機関などの多様な場で、中核として活躍することが期待される人材を輩出しています。
専門職学位課程では、法科大学院、MBA、国際・公共政策大学院が存在し、いずれも、国際的に通用する高度で専門的な知識の付与と能力の開発を目的としています。また、社会人などの多様な学習者を受け入れることを通じて、社会全体の流動性の向上と活性化への貢献を目指しています。

強力な大学支援組織「如水会」

第7は、卒業生とのつながりがきわめて強いことです。1875年創立の歴史ある一橋大学の卒業生をまとめ、大学と卒業生との強固なつながりを築いてくれているのが、同窓会組織である「如水会」です。設立から100年以上の歴史をもつ如水会は、単なる同窓会組織にとどまらず、母校支援組織として様々な形で大学の教育研究活動を支えています。例えば、如水会の援助を受けて1987年に発足した「一橋大学海外派遣留学制度」では、これまでに1,100名以上の学生を海外に派遣しています。また、兼松講堂や如水会百周年記念インテリジェントホールといったキャンパス内の施設の改修・整備も、如水会の協力があったからこそ実現できました。加えて、大学と連携して広く募金活動を展開し、多くの卒業生から寄附という形で支援を得ることができています。この他にも、如水会は国内外に数多くの支部をもち、学生を在学中はもちろん、卒業後もその広いネットワークを通じて支えています。このように、如水会を中心とした卒業生とのつながりは、一橋大学の大きな強みとなっています。

Captains of Industry

本学は、商法講習所として始まり、伝統的にCaptains of Industryの養成を使命としてきました。Captains of Industryと聞くと、皆さんは実業をリードする企業経営者をイメージされるかもしれません。しかし、実はそれよりもはるかに深い意味を含んでいるものなのです。Captains of Industryという語は、19世紀イギリスの歴史家・思想家、トーマス・カーライルの著書『過去と現在』の第4章に見出されます。その中で、カーライルは次のように述べています。

"Captains of Industry are the true Fighters, henceforth recognizable as the only true ones: Fighters against Chaos, Necessity and the Devils and Jötuns; and lead on Mankind in that great, and alone true, and universal warfare."

カーライルは、Captains of Industryとは、混沌、必然、諸悪に対して戦い、人類を導く真の勇者であると述べているのです。産業革命期のイギリスにあって、利益のみを追い求める拝金主義の産業資本家ではなく、実業から社会変革を起こすリーダーが求められていたのでありましょう。そして、Captain――船長――とは、世界の荒海の中で未知の問題に直面しても、自分の船の特徴を知り、周囲の状況を的確に把握し、進路を見出していく者です。そのCaptains of Industryのスピリットは、企業経営や経済に限られるものではなく、法、政治、社会、学術などのあらゆる分野に生かされるべきものです。
私は皆さんの中から、真のCaptains of Industry、つまり、世界の諸問題の解決に貢献するリーダーが生まれることを大いに期待しています。

蓼沼宏一学長、平成29年度学部卒業式における式辞より

校章(マーキュリー)の由来

一橋大学の校章「マーキュリー」

一橋大学の校章「マーキュリー」は、ローマ神話の商業、学術などの神メルクリウス Mercurius(英語名マーキュリー Mercury、ギリシア神話のヘルメス Hermes に対応)の杖を図案化したものです。2匹の蛇が巻き付き、頂には羽ばたく翼が付いています。蛇は英知をあらわし、常に蛇のように聡く世界の動きに敏感であることを、また翼は世界に天翔け五大州に雄飛することを意味しています。

東京商業学校が高等商業学校に昇格した明治20(1887)年頃に、ベルギーのアンヴェルス(アントワープ)高等商業学校出身の教師アルテュール・マリシャル Arthur Marischal (1857-没年不詳)と教頭成瀬隆蔵の発案により制定され、一般の商業学校とは区別される「高等」商業学校の特別な地位を示す Commercial College の頭文字C・Cが添えられています。

2004年4月1日の法人化を契機に、ユニバーシティ・アイデンティティの確立の観点から校章として2005年に商標登録をおこないました。

沿革

1875年(明治 8年) 8月 森有礼が東京銀座尾張町に商法講習所を私設する。
1875年(明治 8年) 9月 商法講習所の開業を東京会議所から東京府知事に届け出る。
この日、9月24日を一橋大学創立記念日とする。
1875年(明治 8年) 11月 商法講習所は東京会議所の管理に委任される。
1876年(明治 9年) 5月 木挽町に移転し、東京府立となる。
1884年(明治17年) 3月 農商務省の直轄となり、東京商業学校と改称する。
1885年(明治18年) 5月 文部省の直轄となる。
1887年(明治20年) 10月 高等商業学校と改称する。
1902年(明治35年) 4月 東京高等商業学校と改称する。
1920年(大正 9年) 4月 東京商科大学となり、大学学部のほか予科、附属商学専門部及び附属商業教員養成所を設置する。
1925年(大正14年) 9月 創立50周年記念式を挙行する。
1926年(大正15年) 9月 勅令により、官制上初めて本学に附属図書館が設置される。
1930年(昭和 5年) 12月 国立校舎が完成し移転する。
1933年(昭和 8年) 8月 予科が小平校舎に移転する。
1944年(昭和19年) 9月 東京産業大学と改称する。
1947年(昭和22年) 3月 東京商科大学の旧名にもどる。
1949年(昭和24年) 5月 東京商科大学を改組し一橋大学とし、商学部、経済学部及び法学社会学部を置く。
新制の一橋大学に前期部を設ける。
1951年(昭和26年) 4月 法学社会学部を法学部及び社会学部に分離し、4学部とする。
1953年(昭和28年) 4月 大学院を設け、4研究科を置き、修士課程及び博士課程を設置する。
1975年(昭和50年) 4月 商学部を拡充改組し、商学科及び経営学科の2学科とする。
1975年(昭和50年) 10月 創立100周年記念式典を挙行する。
1995年(平成 7年) 10月 創立120周年記念式典を挙行する。
1996年(平成 8年) 4月 言語社会研究科(独立研究科)を置き、修士課程及び博士課程を設置する。
1996年(平成 8年) 5月 学内共同教育研究施設として留学生センターを設置する。
1996年(平成 8年) 5月 小平分校を廃止する。
1997年(平成 9年) 4月 社会学研究科に地球社会研究専攻(独立専攻)を設置する。
1997年(平成 9年) 4月 産業経営研究施設をイノベーション研究センターに改組する。
1998年(平成10年) 4月 経済学研究科を大学院重点化し、経済学部の基礎課程及び応用課程を経済学科に改組する。
1998年(平成10年) 4月 国際企業戦略研究科(独立研究科)を置き、修士課程及び博士課程を設置する。
(学生受入は、修士課程が平成12年度、博士課程が平成14年度から)
1999年(平成11年) 4月 法学研究科を大学院重点化し、法学部の第一課程、第二課程及び第三課程を法律学科に改組する。
2000年(平成12年) 4月 商学研究科を大学院重点化する。
2000年(平成12年) 4月 社会学研究科を大学院重点化し、社会学部の社会理論課程、
社会問題・政策課程及び地域社会研究課程を社会学科に改組する。
2000年(平成12年) 10月 創立125周年記念式典を挙行する。
2003年(平成15年) 4月 国際企業戦略研究科を改組し、専門職学位課程を設置する。
2003年(平成15年) 4月 大学教育研究開発センターを設置する。
2003年(平成15年) 5月 小平国際キャンパス完成記念式典を挙行する。
2004年(平成16年) 4月 国立大学法人一橋大学となる。
2004年(平成16年) 4月 法科大学院(専門職学位課程)を設置する。
2004年(平成16年) 8月 北京事務所を開設する。(~2010(平成22)年3月)
2004年(平成16年) 10月 学生支援センターを設置する。
2005年(平成17年) 4月 国際・公共政策大学院(専門職学位課程)を設置する。
2010年(平成22年) 2月 留学生センターを改組し、国際教育センターを設置する。
2010年(平成22年) 5月 中国交流センターを設置する。
2010年(平成22年) 9月 創立135周年・国立移転80周年記念式典を挙行する。
2011年(平成23年) 3月 研究機構を設置する。
2012年(平成24年) 3月 産学官連携推進本部を設置する。
2012年(平成24年) 4月 イノベーション研究センターを商学研究科の附属研究施設とする。
2014年(平成26年) 4月 男女共同参画推進本部を設置する。
2014年(平成26年) 4月 森有礼高等教育国際流動化センターを設置する。
2014年(平成26年) 4月 小平研究保存図書館を設置する。
2014年(平成26年) 5月 社会科学高等研究院を設置する。
2015年(平成27年) 10月 創立140周年記念講演会を開催する。
2018年(平成30年) 4月 商学研究科と国際企業戦略研究科を改組し、経営管理研究科を設置する。

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