法学部 行政法(総論)

『HQ2019』より

土井翼講師の写真

土井翼講師

非合理的な行政活動の事案から憲法を具体化する方法を学ぶ行政法

行政法とは、憲法を具体化する法として、市民にさまざまな公的サービスを提供する行政と、その行政行動を規定する膨大な法律――住民基本台帳法、都市計画法、生活保護法、食品衛生法その他――との関係について学ぶ学問である。つまり商法や刑法のように具体的な〝法典〟の解釈を学ぶ法律学とは立ち位置が異なっている。憲法に書かれていることはとても抽象的で、反対に、膨大な規定に書かれている内容はとても技術的で細かい。「その間をつなぐような授業を意識している」と語るのは、今回お話を伺った「行政法」を講義する土井翼講師だ。

行政法自体は技術的側面が強いため地方裁判所などで扱われた事案から適切な条文との関係を読み解く

土井講師によれば、行政法は司法試験の〝選択科目〟だった時期、つまり必修ではない時期があったという。しかし、2004年の司法制度改革において「事前規制から事後監視へ」というスローガンが掲げられ、改めて必修科目となった。かつて日本は、国がさまざまな事業を守る代わりに事前に規制もかける「護送船団方式」で運営されていた。しかし時代は変わる。市場競争に委ねる領域を広げ、そこから逸脱する行為について、裁判などで事後監視をかけることになったのだ。裁判官や弁護士には行政法の知識が不可欠との理由から、行政法が必修となった。
「そこで授業では、行政法とは何か、行政活動の法的規律としてどのようなものがありうるか、行政を担う主体にはどのようなものがあるか、行政活動により損害を被った私人が金銭的な補償を受けられるのはどのような場合か......などについて学びます。ただし行政法自体はとても技術的な要素が強いので、実際に地方裁判所や高等裁判所で扱われた事案を使いながら進めています。2~3割は、行政が裁判で負けた事案になりますね」
たとえば、世間を騒がせた宗教団体がある土地へ引っ越そうとした際に、住民票の受理を拒否された事案。これは住民基本台帳法によれば拒否はできないし、拒否という行動にも意味がない。
また、ある企業が風俗店を出店しようとした際、候補地の住民だけではなくその地域の行政も出店を拒否した。しかし拒否できる法的根拠がないため、候補地の近くにあった空き地を児童遊園に指定したという。児童福祉法の目的に則っていないこの行為は明らかに非合理であり、目的外で行政権を行使するのは「権限の濫用である」とされた。
「このような事案を扱いながら、試験では行政側の非合理な事案について、適切な条文との関係でその理由を説明できることを目標としています」

個別の法律を一から学ぶことより適法にどう関わっていくかという概念装置を準備しておくことが重要

冒頭でふれたように行政法には特定の法典がない。その分膨大な法律が対象となるのだが、土井講師は「個別の法律を知ることよりも、適切に読み解く能力を身につけることに授業の軸を置いている」と語る。行政法に関わるのは法曹だけではない。学生が将来、企業で社内の規定をつくる際にも、個人で土地を購入したり家を建てたりする際にも接点が生まれるものだ。
「ふつうに働き、ふつうに生活する中で関わるのが行政法です。だからこそ個別の法律を一から学ぶより、適法にどう関わっていくかという概念装置を準備しておくことのほうが重要なのです」
事後監視となった現代においては、重要な姿勢と言えるだろう。
「やはりと言いますか、実家暮らしの学生より、アパートを借りて一人暮らししている学生のほうが、ピンと来ることが多いようです。自分で生活をすることで、行政法が身近になるようです。そこは授業をしていて興味深いですね」

Student's Voice

市民のためにはどういう法律が正しいのか暗記ではなく自分で考えるようになった

桜井紘司さん

桜井紘司さん

法学部3年

1年次である法律の授業を履修した時、試験対策を重視する私は暗記に力を入れていました。そして、それが法律を学ぶ方法だと思っていたのです。でも行政法を学ぶことで、取り組み方が変わりました。法律は暗記するものではないと思うようになり、「市民のためになる法律とは何か、市民のためにはどういう法律が正しいのか」を自分で考えるようになったのです。
たとえば国家賠償法第2条にまつわる「87時間事件」という裁判があります。道路に故障車を87時間放置した結果、事故が発生したこの事件で、責任は国にあるとの判決が下されました。道路は市民が使うものだから、市民の安全を第一に考えなければいけない。道路を管理・パトロールする国は、安全を保持するために必要な作業を怠った。したがって責任は国にある......というロジックです。安全保持の作業がどこまでを指すかは、事例によって異なりますが、「道路は市民が使う」「安全を第一に」という視点、つまり市民のためになる法律のあり方についてふれたことが、暗記一辺倒だった私の学び方を変えました。
行政法の対象となる法律は膨大なので、正直言って勉強に疲れることもあります。でも、授業を通してこのような判例を理解できるようになったことは、単純に爽快です。また、最高裁の判例では主文(結論)と判決理由(結論に至るまでのプロセス)も読み下し、別の視点が持てるようになったことは、今後も行政法を学んでいくうえで大きなモチベーションとなっています。(談)

コラム

行政法の授業で扱う判例(抜粋)

  • 補助金交付基準と平等原則
  • 権限乱用禁止原則
  • 条例による営業・建築規則(宝塚市パチンコ店規制条例事件)
  • 国の安全配慮義務
  • 長時間にわたる勤務継続と失職の主張
  • 大学とその自律権
  • 校則と学校長の規律権
  • ホームレスと住所
  • 国と行政関係組織
  • 内閣総理大臣の職務権限と運輸大臣の行政指導権限
  • 情報開示請求権と憲法上の「知る権利」の関係
  • 知事の交際費
  • 個人情報保護システムの必要性(宇治市住民票データ流出事件)
  • 警職法に基づく所持品検査
  • 環境配慮
  • 教科書検定に係る裁量統制

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