グローバルとは、とても自然なこと。言葉、文化、価値観の違いを尊重し合いながら、自分の「色」を見つけていきたい

  • 商学部4年麻柄彩子さん

(『HQ』2014年冬号より)

国際交流サークルの活動でスイスへ。そこで感じたもどかしさが、留学のきっかけに

フランス人の親友と。グレート・オーシャン・ロードにて(左が麻柄さん)

フランス人の親友と。グレート・オーシャン・ロードにて(左が麻柄さん)

一橋大学入学以前、「海外」や「留学」という言葉は、麻柄彩子さんにとってそれほど身近なものではなかった。進学先に一橋大学商学部を選んだ理由も、海外に関連した部分はない。
「教員と学生の距離が近い、アットホームな国立大学を探していたのです。一橋大学はキャンパスも素敵ですし、周辺の街並みも落ち着いていて気に入りました。商学部を選んだのは、社会の仕組みについて学びたかったから、また将来役に立つ勉強をしたかったからです」
そんな麻柄さんが留学を決意するまでには、いくつかのプロセスがあったという。まず、入学してから2年のあいだに周囲から影響を受け、少しずつ海外を意識するようになった。
「たとえば商学部の授業のなかで先生方がよく『あなたたちのなかに5〜10年後、海外で働いている人はたくさんいるでしょう』などとおっしゃいます。まさか......と思いながら、でもニュースで日本経済の動向を知ると納得もできます。周りを見ると、友人も積極的に海外留学や海外インターンに行っていたりしました。自分が思っていたよりも、海外は身近なのだと思いました」

こうして麻柄さんの好奇心に火がついた。同時に「こんな時代を生きるのに、海外経験がないことはディスアドバンテージ(不利)になるかもしれない」という焦りもあったと振り返る。
そして留学を決意する大きなきっかけになったのが、3年次に参加した国際交流サークルの活動だ。日本とスイスの両国において2週間ずつのホームステイをしながら文化交流を行うこの活動が、麻柄さんにとって初めて海外に触れた経験だった。
「とても刺激的な時間でした。スイス人メンバーとともに生活し、お互いの国の文化を紹介し合い、冗談を言い合って笑って......。スイス人のメンバーがとても優しく、大らかな人柄であったため、日本の外に出る楽しさを実感することができました」

サークル全体としては成功に終わったこの交流活動。しかし麻柄さんは、個人レベルでは満足には至らなかったという。
「自分の個性や考えを思うように表現することができないことに、もどかしさを感じていました。また、新しい環境に身を置くことに疲れを感じ、コミュニケーションを取ろうとする姿勢を失ってしまった瞬間もありました......。この後悔の念から、次は短期の旅行やホームステイではなく、より長い期間を海外で過ごし成長したいと思うようになりました」
いよいよ麻柄さんは、留学に向けて本腰を入れることになる。

豪・メルボルン大学で留学生活がスタート。「居場所」探しに奮闘した1か月

麻柄さんが留学先に選んだのは、オーストラリア・メルボルン大学。英語圏で専門科目について学びたいと考えていた麻柄さんは、当時メルボルン大学から一橋大学にやってきていた交換留学生にメルボルン大学を勧められ、留学先を決定したという。
「メルボルンのことは、正直に言ってそれまではよく知りませんでした(笑)。ただ、『世界で最も住みやすい街』に選ばれていること、気候が穏やかで過ごしやすいこと、そしてメルボルン大学がオーストラリアでトップレベルの大学であることを知り、素敵だなぁと思ったのです」

意志が固まった麻柄さんは如水会の留学制度に応募。3年次の冬、2013年2月にメルボルンへ飛んだ。
現地に入ってまず驚かされたのが、街を行き交う人々の民族・国籍の多様さだったという。
「驚きました......。アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカ......ほとんどすべての大陸から人々が集まってきています。肌の色や髪の色が違えば、文化も慣習も違います。単一文化である日本がいかに独特な国かを思い知らされました」

そんなカルチャー・ショックのなか、授業が本格的に開始する。麻柄さんはメルボルン大学の商学部に籍を置き、マーケティングと経営の科目を中心に学んでいる。メルボルン大学では交換留学生も正規の学生と同じ授業を受ける。
「初めはすべてに怯えていました。英語を使うことに対して恐怖心を持っていたことに加え、無意識のうちに自分自身に何らかの劣等感を感じていたんだと思います」
授業のスタイルが日本と異なる点にも苦労したという。メルボルン大学では、チュートリアルと呼ばれるディスカッションを行うクラスがどの教科にもあり、講義で学んだことに基づき特定のトピックについて学生同士で議論を行う。
「知識のインプットのみならず、意見をアウトプットすることまで求められており、多くの学生がとても積極的に議論に参加しています。表面的に学ぶのではなく、考えを深める環境は刺激的であるとともに、慣れるまでは大きな困難でした」

また、多くの教科でグループアサインメントが課される。
「学生4〜5人でチームを組み、全員で意見を出し合って長いエッセイを書き上げるという課題です。自分がどれだけチームに貢献できるか、ほかのメンバーとうまくコミュニケーションが取れるかということに不安を抱いていました」

新しい生活環境と学習環境に慣れることに加え、もう一つの大きな課題は『自分の居場所を見つけること』だったという。「もちろん来豪時に友人はほとんどいなかったので、友だちづくりには体力を消耗していたと思います。自分から行動を起こさないと独りになる、という孤独感をつねに感じていました。もともと人見知りはしない性格で友人と交流することは大好きなのですが、英語の環境になると勝手が違う。自分らしさをうまく出せないことにフラストレーションを感じていました」

さまざまな困難に直面することから始まった麻柄さんの留学生活。当初は精神的な疲労から頭痛を起こすこともあったと振り返る。では、それらの壁を、麻柄さんはどのように乗り越えたのだろうか。

メルボルンの風景

メルボルンの風景

留学生向け「メルボルン大学・ウェルカムプログラム」グループ写真(2月)

留学生向け「メルボルン大学・ウェルカムプログラム」グループ写真(2月)

中国人フラットメイトと自宅にて(5月)

中国人フラットメイトと自宅にて(5月)

支えてくれたのは人の温かさ。プレッシャーから解放され、歯車が回り出す

「初めの1か月は、自転車で急な坂道を上っているような感覚でした。辛いけれど、ペダルを漕ぐことをやめてしまったら立ち上がれなくなる気がしました。ですから自分のなかでいくつかポリシーをつくりました。まず、自分から人に働きかけること。新しく人と知り合ったら連絡先を教えてもらい、後日自分から連絡を取ってコーヒーやランチに誘う。そんな一つか二つの行動で、素敵な友情を築くチャンスを自分でつくることができることに気づきました。二つ目のポリシーは、笑顔でいること。笑顔が幸せを呼ぶ、ということを幼少の頃から信じてきたので、継続させようと思いました。そして三つ目は、感謝の気持ちを忘れないこと。自分が今メルボルンにいるのは、両親をはじめ、一橋大学や如水会の方々、多くの友人の支えがあったからだ、ということを自分に言い聞かせていました」

そして、2〜3か月ほど経つ頃には少しずつ留学生活に慣れてきたという。どんな心持ちの変化だったのだろうか。
「しだいに、走り続けることが楽しくなってきたのです。心温かい友人に恵まれたことが何よりの支えでした。多様性に寛容で、大らかでフレンドリーなオーストラリアの人々の気質にはとても助けられたと思います。異なるバックグラウンドを持っていることが当たり前で、それぞれが異なるアクセントを持った英語を話します。そんな環境のなかで、コミュニケーションにおいて大切なことは完璧な英語を話すことではなく、自分の考えを持ち、それを相手に伝えようとすること、そして何よりいっときいっときを『楽しむ』ことなんだと気づいたのです」

海外からの学生が4分の1以上を占めるメルボルン大学。麻柄さんはそんな多文化な環境にしだいに適応していった。英語を話すことに対する恐怖心から解放され自分らしさを出せるようになると、友人との交流も自然に楽しめるようになった。そうして英語を使っているうちに語学力も向上していく。自分らしさに自信を持つことで、新たなことに挑戦する力も湧いてくる。正のサイクルがそこにはあった。

郊外の非営利カフェでのボランティア経験を通してさらに積極性が芽生えていく

麻柄さんは大学に通う一方で、課外活動にも精力的に取り組んできた。その一つが非営利のカフェレストランでの、スタッフとしてのボランティア活動だ。
「初めて友人に連れられてこのカフェを訪れたときの感動は今でも覚えています。何とメニューに値段がなく、お客さんが好きな金額をドネーション(寄付)として支払うという仕組みの下に成り立っているのです。スタッフは全員ボランティア。学生から年配の方まで、さまざまな国籍の人々が楽しそうに働いています。そして料理もコーヒーもとても美味しいので驚きました」

社会的、経済的な境遇に関係なく、誰もが美味しい食事とコーヒーを楽しめるように、という理念の下に設立されたというこのカフェは、一種のソーシャルビジネス(社会貢献事業)であるという。
「ソーシャルビジネスの存在は以前から耳にしていましたが、まさかメルボルンで発見できるなんて。一見、ごく普通のカフェレストランで、近隣からも遠方からもお客さんが集まってきます。このカフェのコンセプトと、その温かく和やかな雰囲気に惚れてしまって、『ボランティア随時募集中』の掲示を見つけたので、すぐに応募しました」

4月から週に1回、授業の合間をぬって通うようになった郊外のカフェでのボランティア活動。人との交流を楽しみながら英語や現地のカルチャーに慣れる一つのよい機会になったと語る。このボランティア活動は今(2013年9月現在)も続けているそうだ。
「ほかにも社会貢献を行うカフェやレストランがメルボルン市内にいくつかあることがわかったので、現在、それらのお店を訪ね歩いてオーナーさんに取材をするという自主研究を行っています。お店を始めた理由、どのように社会貢献していきたいか......。ビジネスについて学んできたので、とても興味深いです。将来は私もカフェを始めようかなと思ったりします(笑)」

ボランティア先の非営利カフェにて

ボランティア先の非営利カフェにて(7月。誕生日を祝ってもらいました)

合唱サークルの発表会(5月)

合唱サークルの発表会(5月)

自分に誇りを持ち、自分の「色」を表現する大切さ

2013年12月にメルボルンから日本に戻る予定の麻柄さん。帰国まで数か月を残した時点では気の早い質問だが、留学を通して得たことは?との問いに、麻柄さんはこう答える。
「自分の世界を広げていくことの面白さを学んできたと感じています。何も知らない街に住み始め、自分の考えに基づいて行動し、自分の生活や自分の居場所を築き上げていく。そのなかでたくさんの人と出会い素敵な経験を得ていく。簡単ではなかったからこそ、自分を成長させるよい経験になったと思います。学業のみならず、音楽サークルに参加して合唱を楽しんだり、カフェのボランティアに携わったり、あとは冬休みを利用してメルボルンにある日本企業でインターンもさせてもらいました。振り返ってみるとどの活動も刺激に満ち溢れていて、学ぶことが多く、貴重な経験でした」

たくさんの友人との出会いも、麻柄さんに大きな影響を与えたという。
「たとえば友人と山でキャンプをした夜、焚き火を囲みながら、人生について、世界について、未来について、満天の星を眺めながら語り合ったことはかけがえのない思い出です。そして、そのように多様な人たちと接するなかで、自分の視野が広がってきたと思います。日本にいたときは、単一の文化で、人々の価値観も似通っていて、それが普通だと思っていました。でも、こんなに違う文化や価値観があるとわかり、もっとたくさんの人に会ってみたい、世界のさまざまな場所に行ってみたいと考えるようになりました。もしも留学を経験していなかったら......。想像はできませんが、まったく違う人生を歩むことになっていたと思います」

留学を経験した今は、海外とかかわる仕事をしたいと語る。そんな麻柄さんにとって、「グローバル」とはどういう意味を持つものだろうか。
「グローバルとは......とても自然なことだと感じました。この広い地球上に70億以上の人が暮らしていて、そこに異なる言葉や文化、価値観があるのはとても自然なことです。そのなかで私は、自分の色を持つことが大切だと感じました。それは生まれ育った国の文化や慣習であったり、情熱を持って取り組んでいる趣味であったり、物事の考え方や価値基準であったり。私を取り巻くさまざまなものから、自分の色を見つけたいと思っています。そして自分の色に誇りを持ちながら、ほかの文化・価値観を持つ人たちと、多様性を尊重し合える関係を築けるような人になりたいなと思います」

2年次まで、海外とはまったく縁のない生活を送っていた麻柄さん。留学当初は自分に自信がなく、英語にコンプレックスを持っていた。しかし少しずつ困難を乗り越え、自分らしさを素直に表現できるようになると、そこには新しい世界が広がっていた。一歩、また一歩と踏み出すことで、新たな自分の可能性に出合える。留学の魅力を、麻柄さんは改めて実感している。(談)

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学びの環境