法学部 民法(総則・物権)

『HQ2020』より

滝沢昌彦教授の写真

滝沢昌彦教授

民法を通して市民社会を理解し、直面する問題の"解釈力"を鍛える

六法全書に並ぶ法律の中でも、民法は私たちの生活と密接に関わっている。言い換えれば、「市民社会とはどのように成り立っているのか」を言語化した格好の教材なのである。中でも、今回フォーカスする授業で主に学習する「総則」は、民法の"入口"の部分。市民社会の基本的なルールを網羅していることが特徴である。民法全体のイメ-ジをつかみやすく、初めて法律学に触れる学生にとっても自分事に置き換えて学習しやすい。一方で、法曹界を目指す学生にとっては、法律の構造や法文の読み解き方について理解が進む授業となるはずだ。いずれにしても目的は、法律の条文を隅々まで暗記することではない。民法を題材に、ある問題に直面した時の自分なりの"解釈力"を鍛えることにある。

民法を学ぶことは、人間の行動について深く考察することでもある

画像:授業風景1

そもそも法律学とはどのような学問なのか。民法を学ぶ意義とは何か。この授業で教壇に立ち、かつて一橋大学法科大学院長を務め、現在も一橋大学法科大学院で民事法演習などを担当する滝沢昌彦教授に話を伺った。

「法律学とは、法律を"解釈"する学問といえます。法律の条文は、簡単な原則にしか過ぎないので、これを実際の事件に適用しようとすると、必ず運用上の問題が出てきます。特に市民社会では、争い事が起きた時、どちらに非があるのか線引きをすることは難しく、グレーゾーンも多い。そこで、法律を解釈する必要があるわけです。民法は"市民法"ともいえ、一般市民間の関係を規律する法律です。なぜ起きたのか、どのような動機が発端なのかを考えながら判例を読み解くことは、法律の解釈の勉強になるだけではなく、人間の行動について深く考察する機会になるはずです」

ちなみに、司法試験では六法全書の持ち込みが許されている。その理由はまさしく、法律の条文を覚えることが重要なのではなく、法律の解釈力が試されているからだろう。

"ストーリー"をもとに、自分なりの解釈を考えるトレーニング

画像:授業風景2

民法は、「総則(第一編)」「物権(第二編)」「債権(第三編)」「親族(第四編)」「相続(第五編)」で構成されている。この授業で学習する「総則」とは、民法全体の大枠を定めたもの。人、法人、物、法律行為や契約などに関する条文が並び、市民社会の基本的なルールが定められたものと考えていい。そして「物権」とは、物を直接に支配する権利と定義されている。債権と並ぶ財産権の一つであり、所有権(物に対する全面的支配権)や占有権(保護された物の事実的支配権)が該当する。
各回の授業では、「総則」「物権」の各章の項目がテーマとなっている。講義にあたって留意している点を滝沢教授に尋ねた。

「意識しているのは、一方的な講義にしないことです。いくら法律の条文を読み上げて解説しても、それが適用される"ストーリー"が浮かばなければ、学生も学習する目的や意義がピンとこないはずです。そこで、市民社会で生じる"具体的な問題"を提示し、解答してもらう時間を設けています。この授業を、"自分ならどのように解釈するか"を考える機会にしてもらいたいからです」

問題の一例を挙げてみよう。これは総則の第五章、法律行為にある"意思表示"に関する出題である。

設例と解説

【設例】
売主Aは買主Bに「この土地には鉄道が敷設される予定なので絶対値上がりしますよ」と言い、Bもこれを信じて土地を買った。しかし、実際には鉄道が敷設される予定などなかった場合に、Bは、どのような主張をすることができるか。

【解説】
鉄道が敷設される予定などないことをAは知っていた場合と、Aも鉄道が敷設されると誤信していた場合とに分けて検討する必要がある。

  1. 鉄道が敷設される予定などないことをAは知っていたなら、AはBを騙したことになる。したがって、Bは、民法96条1項により売買契約を取り消して代金の返還を請求できる。
  2. Aも鉄道が敷設されると誤信していたなら詐欺にはならず、Bには、錯誤取消しを主張する可能性が残るのみである。土地自体を取り違えていたのではないから、これは物の同一性の錯誤ではなく、物の性質についての錯誤に過ぎない。このような場合には、それが表示されて相手方に認識されており、かつ、それが取引上重要であるなら、契約を取り消すことができる(95条1項2号)。本問の場合、「鉄道が敷設される予定があるから」Bが買ったことはAにも分かっていた(そもそもAが「鉄道が敷設される予定である」と述べたのである)。したがって、Bは契約を取り消して代金の返還を請求することができる。
  3. このように、鉄道が敷設される予定などないことをAが知っていたなら96条により契約は取り消されるし、知らなくとも95条によって取り消すことができるので、Aが知っていたか否かは重要ではないことになる。そもそもAが誤った情報を与えたのであるから、騙す意図があろうがなかろうが、Aがリスクを負うべきではなかろうか。英米法では、このような観点から、誤った表示をした者に責任を負わせる「不実表示の理論」がある。もっとも、日本でも、ここで説明したように、ほとんど同じ結論を民法の解釈によって導くことができるのである。

滝沢教授の工夫は、期末試験にも見受けられる。知識やボキャブラリーを試す出題だけではなく、本人の解釈をつづる記述式の出題も含まれる。
授業の受講者は、検察官や弁護士など法曹界を目指す学生ばかりではない。企業の法務部門などで活躍するビジネスパーソンや公務員を目指す学生が多いことも特徴である。民法を学ぶことは、あらゆる市民社会で貢献できる素養を身につける第一歩といえるだろう。

授業のテーマ

  • 序説
  • 法人
  • 物・物権変動
  • 法律行為・契約
  • 代理
  • 無効及び取消し 条件及び期限
  • 時効
  • 所有権
  • 占有権
  • 用益物権

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