社会学部 医療政策・社会政策/猪飼周平ゼミ

(『HQ』2015年春号より)

猪飼周平教授

猪飼周平教授

知識の吸収より、知識の創造に苦悩する。学年、年齢を超えた知の格闘がここにある

「つねづね不思議に思う社会現象について、それがなぜ不思議であると言えるのかを論じよ」。これは、猪飼周平教授のゼミナールに応募する学生に課されたレポートのテーマだ。猪飼教授が学生に求めていることは、ここに集約されている。つまり、「社会現象について、つねに不思議に思う視点を獲得せよ」「なぜ?という問いを立てよ」ということだ。

新しい視点を養うことに全精力をかける

猪飼教授の専門領域は、医療政策・社会政策・社会福祉・比較医療史だ。猪飼ゼミには、当然教授の専門領域に興味を持つ学生が集まってくる。しかしゼミの運営で力点が置かれているのは、それらの領域についての現状理解ではない。あくまでも参加者同士で議論を深め、新しい視点を養うことが目的だ。言わば「学生中心主義」である。
「学生中心主義」を端的に示す特徴は二つ。一つ目は、学部生と大学院生が同じ空間で議論を交わす点だ。その運営方法には、「意見や視点は、年齢に関係なく自由であるべき」という教授の考え方が反映されている。なお、意見や視点の多様さを担保するために、共通の課題文献が指定されている。次頁のコラムで一例を紹介するが、これらの文献についても内容を論じることはほとんどない。そこからどんな問題が見えたか、どう思ったかを発信・共有することに重きが置かれている。ちなみに猪飼ゼミでは、100冊を超える指定文献があり、それらは、ゼミで議論を交わす際の知的ソースとなる。

ゼミの風景1

ゼミの主役は学生たち。運営や進行はすべて学生たちに委ねられている

ゼミの風景2

猪飼ゼミは、医療政策・社会政策などを題材に、学生同士で議論を深め、新しい視点を養うことを目的としている

ゼミの風景3

ゼミの風景4

ゼミの風景5

ゼミの風景6

ゼミの運営は学生たちに委ねられる

二つ目の特徴は、ゼミを参加者の自主運営に大きく委ねている点だ。テーマごとに学部生・大学院生から各1人が代表となり、準備からゼミ当日の進行まで共同で行う。各文献についての命題・構想・疑問を提示しなければならないため、相当入念な準備が必要だ。また、参加者の希望により毎年調査合宿も行われる(2014年度は長野県・佐久総合病院にて実施)。ゼミ生自身によるアンケートでは「自己裁量の課題が多い」「頑張れば(頑張るほど)大変」という回答が見受けられたが、それが参加者の偽らざる気持ちだろう。
最後に、ゼミを通して学生に養ってほしい力について伺った。
「本学から巣立つ学生たちの多くは、商品・組織・制度などの違いはあれ、それらを創造することが期待される立場に就くでしょう。とすれば、目の前にある社会現象を鵜呑みにするのではなく、背景を理解し、多様な視点で問題を見つめ、熟考できる力が求められます。その点で学生時代は、創造のための熟考のツールである学問的思考を学べる最大のチャンスでもあるのです。すぐに使えるスキルよりも、さまざまな事象の背景に目を向け、問題を発見できる力を、ゼミでの議論を通して養ってほしいと願っています」(猪飼教授)

夏のゼミ合宿集合写真

夏のゼミ合宿で

夏のゼミ合宿では、佐久総合病院を訪問。医療福祉の現場に触れた

社会の秘密を知り、そして考える

猪飼教授が新入生、高校生に読んでほしい文献について語る

社会政策や福祉は人びとの生活を支える政策・実践を指しているが、そもそも生活とは何だろうか。このコラムを読んでいる人で生活していない人はいないはずだけれども、生活とは何か?と尋ねられると、それに正面から答えるのは意外に難しい。そのとき、生活の多様で複雑で精妙な側面を考えるのに最適なのは、柳田國男『明治大正史 世相篇』(講談社学術文庫、1993年)だろう。また福祉に関心のある人は、どちらかといえば「良いこと」をすることに関心を持っているかもしれない。だが、「良い」とは何だろうか。これも実は大変難しい。永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み』(ちくま学芸文庫、2007年)を読んでみてほしい。特定の行為や支援が「良い」ということがいかに難しいかがよくわかるだろう。そして、ぜひもう一歩踏み込んで考えてほしいのが、何が「良い」かを証明することができなくとも、人が良いことをしようとしたりすることがあるのはなぜだろうか、という問いだ。
このような前提的問いをふまえたうえで、さらに現代の社会政策や福祉について知りたければ、岩田正美『ホームレス/現代社会/福祉国家』(明石書店、2000年)をお勧めしたい。格差が開きつつあると言われる私たちの社会ではあるが、それでも戦後しばらくのような「みんなが貧しい」というような貧困はもうない。にもかかわらず、ホームレスのような少数の貧困が社会を挙げて問題として取り上げられなければならないとすれば、それはなぜだろう。この本はこんな問題に取り組んだ本である。山本譲司『累犯障害者』(新潮文庫、2009年)も私たちの社会のなかで生きることの困難にどのような構造的側面があるかを考えるうえで有益だろう。
いずれにせよ、重要なことは、上に挙げた本には何か生活や福祉についての「答え」が書いてあるわけではないということだ。高校までの勉強では、問いは与えられてきているので、君たちにはもっぱら「答え」が求められるのだが、実のところ私たちの社会の秘密は、いまだ問われていないところにある。大学においては、社会の秘密を解き明かすことに役立つ「問い」を見つけることのほうがずっと価値が高い、ということは知っておいてほしい。上記の本などを読んで、君たちなりの「問い」を見つけることができれば、準備完了だ。

Student's Voice

真面目な問題意識をぶつければ、皆が真面目に返してくれる環境がありがたい

笹口健太さん

笹口健太さん

社会学部3年

私は高校生の頃から新聞記者の仕事に興味を持っていました。社会現象に触れるたび、「なぜ日本の仕組みはこうなっているのだろう?」と感じることが多く、その答えにできるだけ近づきたい衝動を抱えていたからです。社会現象のなかでも社会政策学──特に格差の問題──に一番関心があり、猪飼ゼミを選びました。ゼミに参加して感じたことは、社会政策学はまだ確立される途中の学問であるということです。たとえば経済学では、「人は必ず合理的に動く」という前提や、ある問題に対して用いられるツールが決まっています。でも社会政策学にはそういう前提もツールもありません。毎回テーマに対して「なぜ?」と問い続けたり、「何が議論されていないか、見落とされているか」を見つけようとしたり......。軸足をどこに置くかを探すことから始める、それこそが軸足になる学問だと思います。そういう真面目な問題意識をぶつければ、ゼミ生の皆が真面目に返してくれます。高校生のときは、何かに疑問を感じても、手を挙げて発言するのは難しかったのですが、猪飼ゼミなら真面目な話も遠慮なくできる。その環境がありがたいです。おかげでいつも"余計なこと"をたくさん考えるようになりました(笑)。(談)

アカデミックな観点から論理的なアプローチをして、自分の疑問に答えを出す

國友真理子さん

國友真理子さん

社会学部3年

幼稚園生の頃、私は統合保育を経験しました。障がいのある子どもとない子どもが同じ園のなかで一緒に遊ぶという環境で育ち、それが自然なことだと思っていたのです。しかし小中学校へと進み、高校生になったときに、ふと気づくと、私の周りには障がいのある人はほとんどいませんでした。「人との関係が狭まっている」と感じました。一橋大学を卒業したら、将来はさまざまな社会的立場の人に影響を及ぼす仕事に就くはず。だとすれば、学生のうちに社会政策やソーシャルワークなどについて学びたいと考え、猪飼ゼミを選びました。このゼミで身についたのは、アカデミックな観点から論理的なアプローチを行うことです。高校生の頃に感じていた「なぜ、障がい者が周りにほとんどいないのか?」という疑問について、それまでの私は、自分なりに答えを出そうとしていました。でも、学問の領域で分析を深めていくという方法を知り、今は、高校時代に気になっていたさまざまなことについて考えるのが面白いです。一方で生き急ぐことがなくなりました。さまざまな事象に対していったん疑問を持つ癖がついたので、とりあえず就活しなきゃ!と理由もなく焦る気持ちが消えたように思います。今はむしろ、じっくり自分の進路を考えているところです。(談)

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